短編集41(過去作品)
死を呼ぶシルエット
死を呼ぶシルエット
同じものを見て、それぞれに違うことを感じるというのはよくあることだ。角度によっても見え方が違う。斜光によって色も違って見えることだろう。特に芸術家と言われる人には色の変化などの見える角度のちょっとした違いで、大きな芸術作品を生むことにもなる。
要するに普段から、さまざまな角度でモノを見るよう心がけておくことが大切である。
それは芸術家に限ったことではない。事業家にしてもサラリーマンにしてもそうである。
達男がそのことを最初に感じたのは、学生時代に旅行に行った時だった。友達との旅行だったが、友達の田舎には親戚の大きな家があって、そこが目的地だった。
「俺も久々に田舎に帰るんだよ」
と、自分の田舎なのに、知らないところに行くようなウキウキした気分になっていた。
「何しろ都会にドップリと浸かってしまったからな」
と話しているが本心に違いない。
田舎で過ごした経験のない達男にとって、田舎というのは一種憧れだった。だが、住んでみたいとは思わない。そのあたりが自分でも、
――冷めたところがあるんだな――
と感じるところであった。
子供の頃というと、自分の生活が少しでも変わることを恐れたものだ。リズムが狂うと、何をしていいのか分からなくなる。ただ勉強して、友達と遊んでいればいいだけの毎日だったが、それも同じ環境に置かれているからだ。
――もし引越しということにでもなればどうなっていただろう――
後から考えると想像もつかないが、心の底ではいつもその考えが燻っていたようにも思える。敢えて考えないようにしていたのだ。
隣の街まで行くのに、駅まで行けばすぐに電車がやってくる。当たり前だと思っていた。しかし田舎に住むと、駅に行く前に電車の時間を調べておかなければ、いつ来るか分からない電車を闇雲に待つだけになってしまう。隣の街がやたらと遠い。
それだけでも達男には耐えられるものではなかった。
友達の裕也が達男のクラスに転校してきたのが小学校四年生の頃だった。
――田舎は住みにくい――
と一番感じていた頃だったが、転校生の裕也には興味があった。田舎から引っ越してきた人が都会を見てどう感じたかということに香味があるのだ。自分が田舎に対して感じる思いよりもさらに恐怖心を感じているのではないかと思ったからだ。
「都会ってすごいね。何でも揃っちゃうんだ」
裕也はビックリしていた。
「引越してきた時、環境の違いに戸惑わなかったかい?」
「そりゃあ、戸惑ったさ。特に都会の人は何を考えているか分からないって聞かされていたからね」
明らかに偏見だと思ったが、それに対しての言い訳は達男にはできなかった。心の底では、
――確かにそうだ――
と思っているからだ。
「都会から比べれば田舎って広いんだろうね」
何もないというイメージが「広い」という発想を生む。
「それがそうでもないんだ。都会にくれば田舎の広さに慣れているから、さぞかし狭い世界だと思っていたが、そうでもなかった。都会って想像していたよりも世界が広いんだね」
どこがどう広いというのだろう?
「都会には街が区画整理されていて、こじんまりと纏まっているっていうイメージがある。だから僕は狭い世界に人がたくさん犇いているって感じるんだよ」
「僕のイメージは違うんだ。都会には何かが住んでいるんだよ。大きなビルやマンションが立ち並んでいるけど、その間に目には見えない何か大きなものが住んでいる気がするんだ。だから広くて大きな気がするのかな?」
裕也の想像力は達男にはついていけないものがあった。だが、達也にも独特の考えがある。
「僕も実は大男のイメージが田舎にはあるんだ。おばあちゃんに教えてもらった話なんだけど、昔大男がいて、そいつが、日本を食っちゃうって話だったんだ。だけど食べ過ぎたのか、ある程度のところまで食べると食あたりを起こして、その場で倒れてのたうち回るんだ。で、そのまま死んでしまうんだけど、男が死んだ後に列島ができて、それが日本の今の形になったって話だったんだ。どうして大男の話で田舎をイメージするかというのは自分でも不思議なんだけどね」
と言って達男は笑う。
「僕の都会へのイメージは大男とは少し違うような気がするんだ。達男君が今話してくれた大男の話は僕も聞いたことがあるよ。でも、それはうちの田舎にだけ伝わっている話だと思っていたんだけどね」
「じゃあ、おばあちゃんは君の田舎出身なのかも知れないね。そう考えると面白い」
実際におばあちゃんに聞いてみると、裕也の田舎出身ではないらしいが、それほど遠いところでもない。田舎というところ達男が考えているよりもさらに田舎同士で昔からの情報が共有されてきているのかも知れない。特に伝説や神話の類は大なり小なり似ているところがある。
――田舎って広いんだ――
という発想とは別に都会に対して裕也が言ったような、
「都会の人は何を考えているか分からない」
そんな言葉が再度頭の中でこだましていた。
中学に入るまでは、一人での旅行はおろか、友達同士でも親が許してくれなかった。
――そんなに僕は信用されていないんだ――
と思ったのも事実で、裕也の田舎に遊びに行くという計画が友達五人の中で出来上がっていたのに、達男だけが参加できなかった。
元々は達男の発案だった。漠然とした案だったのだが、計画が具体化してくるにつれて本当に田舎に出かけたような錯覚に陥っていた。
それなのに、どうして自分だけ……。
この思いはしばらく達男の心に影を落とした。親に対しての気持ちに変化が生じ、事あるごとに逆らうようになっていた。自分でも理不尽ではないかと思うような逆らい方もあったが、
――悪いのは僕じゃない、こんな風になってしまった原因を作ったのは親なんだ――
と、感じていた。
人に言わせれば逆恨みというに違いない。しかし達男にとって自分の性格が変わってしまったきっかけを作ったのだと思い込んでいるだけにどうしようもなかった。
それからの達男はますます引っ込み思案になっていった。小学生までは引っ込み思案で、中学に入ってからは、自分から意見を言ったり、発案をしたりすることが増え、まわりの見る目も変ってきた。何よりも達男のまわりを見る目が明らかに変わってきたのだ。
学校が楽しくて仕方がない。友達との会話が楽しくて仕方がない。そんな思いが学校でも性格を明るくし、友達から相談を受けるまでにもなった。
――眠っていた自分の長所が目を覚ましたんだ――
と思い始めていた。一番大きいのは、自分に自信を持ち始めたことだろう。
そんな矢先だった。親から反対されるなど思っても見なかった。しかも自分に自信を持っているだけに、言い訳がましいことはしたくないという思いも強い。反対されて強く意見をしたが聞いてくれなかった。それでもさらに意見をすることは言い訳だと思ったのである。
達男は引き下がるしかなかった。
その時は仕方がなかった。だが、次第に自分の自信というものがプライドだけでできあがっていたことに気付いた。
作品名:短編集41(過去作品) 作家名:森本晃次