ネヴァーランド
練習の結果、一呼吸する時間内で合わせられるようになった。体が小さいと周波数は高い。ほぼ体の大きさに反比例する。だが、脊椎動物か節足動物かで周波数帯そのものが異なる。それ以外の動物に対して、ニンテンドーは無効だ。
プレイの最中、僕が実際にとった行動以外の行動をしてみた。
恐ろしいことには、ほとんどの場合、サドンデスになった。自分では気づかぬまま、僕は最善の対応策をとっていたのだ。
プレイに飽きたので、ベッドに寝転ぶ。
考えるべきことが二つあった。
なぜ、父は、新型ニンテンドーを準備したのか?
外の世界のこわさを僕に分からせるためとも考えられる。しかし、そのためなら、僕を叱り、体験しなかった恐ろしい例をたくさん語っておびえさせ、管理体制を厳重にすればよい。
もっと簡単に、ニンテンドーをとりあげればよい。
父は、僕が、再び外の世界へ行くことを予想しているのだ。僕の秘密を見破っているのだ。
もう一つ、問題がある。
親友ドギーに僕の冒険を伝えるべきかどうかだ。
12)
僕は、危機また危機を乗り越えて、命からがら帰ってきた。この体験は決定的だ。
それまで知識は、父という回路を通してのものだけだった。
綿密なカリキュラムに沿っているのだろう。
ところが今回は、回路なしで直接知識が襲ってきた。
命と引き換えの反射的選択を繰り返した。
その結果、僕自身が決定的に変わった。
父の保護と管理がいかに強力であったか、そのもとで、僕はいかに甘やかされてきたか、思い知った。
ぼくはもうこの体験を前提にしなければ、ものも言えないし行動もできない。
だから、ドギーにこのことを伝えなければ、自らを親友の前で偽り続けることになる。ドギーは不審に思い、やがて僕を信用しなくなるだろう。
一方で、この異様な体験を語ることは、ドギーの好奇心と競争心を刺激し、僕のまねをすることを誘発しかねない。
シミレーションゲームで分かったように、周りはサドンデスでいっぱいだった。連発した幸運のおかげで僕は帰ってこれたのだ。ドギーが帰って来られる可能性はきわめて低い。
思い余って、父に相談した。
父は、僕の選択に干渉しないし、手紙も検閲しないと答えた。僕の選択は今までいつも正しかったと褒めてくれさえした。
僕は、運がよかったんだと感謝する気持ちの下に、少量の誇りも持ち始めていたので、ひやりとした。
しかも、父は、付け加えた。
「私の選択も正しかったことを願うね」
父が初めて自分のことを語った。しかも、万能の神である父が、かすかに弱音を吐いたのだ。
「わかったよ、お父さん」
僕は手紙を書き始める。
?親愛なるドギー、
ジャンクフードにはまだ飽きないのかい?
まず、以前に君が書き送ってきた疑問が晴れたことを報告したい。
windowsの意味だ。僕らの辞書にwindowsはない。それは教育的配慮からだったんだ。
僕は偶然その意味が分かったんだ。
想像してくれ。
暗闇の向こうに、光に満ちた出口があった。近づくと生臭い風が吹き込んできた。そして巨大な目がこちらを覗き込んだ。風と目。風の通る開口部。windowsは、内から外が覗ける風穴のことだよ。
僕達は外を見てはならなかったんだ。父親達は結託して、辞書からwindowsを消去したんだよ。
ご推察の通り、僕は外を見るだけでなく、その風穴を通過した。ある存在が、そこにはまっていた仕切りを破壊してくれたからね。その存在を仮に吾郎としよう……?
僕は一部始終を詳細に書き綴る。新奇さと恐怖を等量に振り分ける。手紙は長大なものとなる。最後に僕は念を押す。
?いいかい、ドギー。僕が事細かに伝えた理由の一つは、君が同じ体験を繰り返す必要がないようにすることだ。僕がもう君の代わりに体験し終えたのだ。さらに知りたいことがあれば、いつでも、どこまででも相手になるよ。
僕が今生きていられるのは偶然の積み重なりのおかげだ。外は、死に満ち満ちている。決して外に出ようなんて考えてはいけない。ここは、親達に従おう。
windowsに近づくな。外では死が君を待っているんだぞ。
君の永遠の友、タダヨシより?
すぐにドギーから返事が来た。
?僕も行く?
なんということだ。
僕は慌てて手紙を書く。
?やめろ。やめてくれ。お願いだ?
返事がない。
13)
僕は天井に向かって父に絶叫した。
「お父さん、ドギーを助けて」
父は静かに答える。
なぜこんなに冷静でいられるのだろう。
父はドギーがゆくえ不明になったのを知っていた。
暗渠をつたって僕が外へ出たことを、ドギーの父親に既に話していた。
そのような経路は、ドギーのいる施設にはない。
では、ドギーはどこにいるのだろう。
その後、父と連絡が取れなくなった。
ぼくは、なしのつぶてのメールを、父にもドギーにも送り続けた。
やがて疲労が体中に広がってきた。
あの時以来、生理的に変調が続いている。夜には覚醒し、昼間は眠くてたまらなくなっている。
キーボードに側頭部を乗せて、眠りこけてしまった。
どれだけ時間が経っただろう。
「起きなさい、タダヨシ」
僕はまだ昼寝の最中だ。中途半端な睡眠の中で、悪夢が蹂躙する。
なんとか薄目を開けて見ると、キーボードによだれが垂れていた。薬指と小指で拭く。
「起きなさい、タダヨシ」
さっきよりやや口調が強い。
僕は、椅子の上で背を正す。もしかして悪夢が正夢に、と思うと、たちまち緊張してきた。
「ドギーが死んだ」
やっぱり。
やっぱりではあっても、僕は、椅子に坐っていられず、床に崩れる。
ドギーと僕が、まだ赤ん坊だったとき、しばらく一緒に暮らしたと聞いている。
そう父に言われれば、乳臭い塊と、くんずほぐれつした記憶が、あるような、ないような。
幼児語でコミュニケーションができるようになってからは、ためしの気持ちを、面白がって、言葉にして、遊んだ。これはなーにごっこをした。お互い、あのときに、言語能力の基礎ができたと思っている。
ある日目覚めると一人になっていた。
父親達がそれぞれの任務に赴かねばならなかったからだ。
悲しみが時間によって薄れるまで、僕とドギーは、毎日身の上を呪いながら手紙を交換しあったものだ。
父の説明によると、ドギーは、巌窟王の主人公、エドモン・ダンテスと同じように、死んだ仲間の棺おけにもぐりこんで外に出たそうだ。しかし、Tレックスに踏み潰された。
ニンテンドーは僕と同じ型のものを付けていたが効かなかったらしい。三本脚の畸形のTレックスが、連射する電波をものともせず、襲ってきたそうだ。
僕はむらむら復讐心を膨らませる。世界の果てまでその三本脚のティラノザウルスを追い駆けて、退治してみせよう。ドギーに誓う。
それにしても、そんな経緯をどうやって父達は知ったのだろうか。
父は、いやいやながらに語った。ボーハンカメラを片っ端からチェックした、だって。
ボーハンカメラとは何だろう。
ドギーの死は確定した。取り返せない。
死に、僕はどうしてもうまく対応できない。
しかも、僕が設定した死だ。竹馬の友の死を準備したのは僕だ。