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ネヴァーランド

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手首や肘をつかまれるたびに、合気道の技を使って引き抜いたが、再びつかまれた。握力は当然強く、痣が今でも消えない。周囲の者は、奇妙な組み手争いをやっていると思っただろう。業を煮やし、いらついたモーゼは首をめぐらして、手出しをしようかどうか迷っているブラザーたちに命令を下した。ブラザーズの輪が狭まり、逃げ出す隙間がなくなり、ついにモーゼに肘をつかまれ、立った爪が深く食い込み、抜くことが出来なくなり、血が流れ、手が痺れてきたので、わかった、逃げないから、放してくれ、と口と体で訴え、ようやく肘だけは解放された。
ブラザーが、ヒトミの胴体を肩に担いで、背中を叩かれ腹を蹴られても平然と、煙の中に消えたのを覚えている。ヒトミ!。叫んだが聞こえなかったようだ。今度こそ嬲り殺しにされるのかと暗澹たる思いがこみ上げてきたものだ。
よそ見をしていた僕は、ブラザーに足を掛けられ、倒され、何本かの重い足で地面に貼り付けにされた。虫ピンで止められた昆虫同然のざまだ。ただし仰向けだ。取り囲んだブラザーズが見下ろしながらつばを吐きかけた。初めてここに来たときに受けた暴行を思い出した。あの時と同じく、臭すぎるぬるい小便を腹にかけたやつがいた。方向が定まらず、足にかけられたやつがどなった。モーゼがブラザーたちを掻き分けて姿を現した。僕の右耳の横に立った。
「私のそばから離れるな」と今度は大声で言った。
憤怒にまみれた僕は、もしいやだと言ったら? と問いかけてみそうになった。殺す、などと答えたら笑ってやろうと思った。ところが、モーゼは間を置かずに続けた、「お前はいやとは言わない」。
その通りだった。このありさまでは逃げられない。僕は、生きていかねばならなかった。なんのためにここに来たのか。辛抱しなければならない。悔しいがモーゼの命令に服することにした。そう決めるまでに二十秒かかった。
わかったよ、と伝えた。
モーゼは、ガヤつくブラザーたちを無視してひざまずき、僕を抱き起こし、赤ん坊をあやすように揺すり、頬擦りした。態度が急変した。めまぐるしいやつだ。
……残念ながら僕もそうだった。

77)

モーゼだけが、僕のボタン操作を見、モーゼだけがニンテンドーの恐ろしい機能を知ったのだった。新手の恐竜が襲ってくる可能性をモーゼは考えた。その対策として僕を確保することは、白っ子との協議を経ない、とっさの判断だった。
モーゼは、あの時だけ僕を身辺に置いたのではなく、常任の側近にすることを、白っ子には事後承認させる形で決定した。この件だけで、モーゼと白っ子との力関係を安易に推し量ることは慎むべきだが、モーゼが単なる傀儡ではないことは明らかになった。
以来、モーゼは、頻繁に、僕の腕のどこかをつかんで引き回すこととなった。できたての彼の習慣だ。どういうわけなのだろう。僕が心変わりするのではないかと不安がっているせいなのか。囚われているという状況認識を反芻させるためか。入手した新型武器を市民に誇示しているのか。市民はモーゼと僕との関係を不審がるだけなのだが。
僕は、モーゼの、神経症的な、おててつないで、の強制をとてもうるさく思う。まわりの者に強いられてあるいは何らかの功利的な理由によって気の進まない男と結婚してしまった女が仕方なく性行為に応じているような感じ。
モーゼと僕との関係について、白っ子はどう対応したか。
白っ子たちは僕が何者であるかを知っていた。知っていてあえてコミュニケイションをとらず、知らないふりをしていた。ということは、僕を泳がせていたということだ。
無礼な、と思ってしまったが、気がつかなかった自分を恥じるべきだろう。
彼らは、奴隷のままであがいていた僕を、笑いながら監視していたのだろう。笑うかどうかは、今後確かめるとして。笑えるけれど笑わないことにしている、などという回答が今からもう予想されるが。
強引に側近にすることで、白っ子の泳がせ戦術を、モーゼは覆したことになる。
彼らは想定外のことに気を悪くし、恐らくは小モーゼとともに、モーゼに抗議しただろう。
モーゼはそれにどう応じたか。
抗議そのものを蹴ったかもしれない。しかし、僕一個の処遇に関する問題で、内部対立を大きくしようとは思わなかっただろう。何らかの理由を示して説得したはずだ。
ニンテンドーの唯一の操縦者である僕の有用性を率直に説いた可能性がある。しかし、その場合、操縦法を公開せねばならなくなるだろう。少なくとも白っ子たちには。だが、モーゼは、さらに自らの権威を高めるために、操縦法を自分だけが独占的に習得したいと思っているようだ。僕が教える時に、他の者がいたためしがない。まず、ヒトバライ、をしてから勉強に取り掛かるのだ。ヘレンでさえ遠ざける。たまたまうっかり誰かが近づいてくると、勉強を中断し、そいつを叱り飛ばす。だからこの可能性は低い。
勉強部屋は、中宮ヘレンの住居であることが多い。
彼の学習はなかなか進まない。それは、学習以前に、根本的な問題があるからだ。例えば重力やクーロン力のような、非媒介的にみえる伝播作用、つまり遠隔作用を、彼はうけつけないのだ。魚が水を意識しないように、重力を意識しないのは、身近過ぎて対象化できないし、操作できないから仕方ない。しかし電磁力はどちらもできる。僕は操作をし、大急ぎでその対象となって跳んだり転がったりして見せるのだが、いつも徒労に終わる。実験ができないという不便さは決定的だ。
勉強の後にヘレンとの愛欲の時間が控えているので気もそぞろであることも勉強に身が入らない理由のひとつだ。まあ、僕もその件については激しく気がそぞろではあるが。
さらに、男シェヘラザードたる僕が意図的にゆっくり、あるいは、けどられないように間違いを混ぜて教えているので、レッスンは千一回を超えて長期にわたるはずだ。モーゼが辛抱できずに癇癪を起こすのを怖れる。時間を稼がなくてはならない。モーゼが操縦法をマスターした暁には、僕が殺されるのはほぼ明らかだから。
とにかく、僕を側近にした理由としては別のことを立てのだろう。
ニンテンドー以外の事柄、恐らくは特殊教育で得た僕の知識を挙げて、自分にとって便利で快適であり、ひいては全体の利益につながる、といった内容をでっちあげたのだろう。泳がせ戦術の見直しを促したのだろう。
ホモの相手を見つけた、というのはどうだろうか。ありうる! 実際、後にそういう噂は急速に広がり、僕はヒトミとモーゼを相手に二股をかけている悪党と言われるようになった。
僕はどういう立ち位置にあるのか。どう動くべきか。
モーゼを矛や楯にすることによって、僕は白っ子と対峙できる。そうすると白っ子とやはり対峙していると思われる市民達とのつながりかたも見えてくるのではないか。
対峙はするがあえて喧嘩をするつもりはない。まず彼らの理念と戦略と現状認識の内容を知りたい。市民のそれらのコピーであるかもしれず、歪曲であるかもしれない。彼ら独特のものかもしれない。それは話してみないとわからない。
王様の家庭教師が出来ることは少ないかもしれないが、みじめな屈辱を代償にしてもぐりこんだからにはひっこむわけにはいかない……
作品名:ネヴァーランド 作家名:安西光彦