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ネヴァーランド

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横道が朱雀大路と交わるところに、横道の細い側溝から出た廃棄物が積んである。作業員が総勢十名だとすると、先頭の者が大内裏に頭を向けて廃棄物と向き合う姿勢で大路の側溝に四つん這いになり、残りの者はその後ろに並ぶ。先頭の者は、廃棄物を目分量で九等分し、一単位の分量を掻き送ったら、声を出すか足で蹴るかして二番目の者に知らせる。二番目の者はその一単位分を三番目の者に掻き送り、合図を出す。そのようにして九単位送ると、先頭の者の眼前にも腹の下にも廃棄物はなくなるので、彼は側溝から出て最後尾につく。移動しているあいだに廃棄物は元の最後尾の者の尻の下から吐き出され始めている。横道には、少人数の作業員が数グループ別にいる。横道と交わるたびに廃棄物は増えていくので、一単位の量が限界に達する時が来る。ブラザーと奴隷がたいていは阿吽の呼吸で合意し、作業員が増員される。このようにして作業員をキャタピラのように循環させながら、廃棄物は、羅城門を過ぎ、大ホールを突っ切り、広場の脇を辿ってジャングルへ下りる坂に、あるいは湖に流れ込む小川に捨てられる。
不思議なことに栽培地にまでは届いていない。ここの廃棄物は百パーセント生ゴミで、肥料にうってつけなのに。肥料というものを知らないのかもしれない。しかし、それで植物栽培が出来るだろうか。しかも、栽培地の植物は、いずれも特定の器官が異様に肥大化していた。品種改良の結果としか思えない。
僕とヒトミは作業員の列に近づいていく。先頭の者が、側溝をよじ登ってきて、両手を肩幅に開いて路肩につくと、両脚をそろえて伸ばし、反り返ろうとした。しかし僕を見つけると、ストレッチングを中止して、最後尾に向かって逃げるように走っていった。側溝に跳び込んでからも、顔の上半分が時々こっち向きに出ることがあった。どこかで会ったことがあるやつだ。その態度は不愉快ではあるが、なぜそんな態度をとるのか、わからないでもない。背後でヒトミが何か言った。気にしてないぜ、余計な心配はするな、とそいつから目を離さないまま答えた。
横道から複数の子供の声がする。朱雀通りと直交して大小の通りが左右に延びており、それに面して部屋がある。別々の通りに面した大きめの部屋同士を壁に穴を開けてつなぐこともある。私道が出来る。プライヴァシーなどお構いなく、家族以外の者が通行する。一つの横道から聞こえていた歓声が、一つ先の横道から聞こえるようになった。子供達が部屋から部屋へ私道を通り抜けたのだ。二つの固定マイクとスピーカーで、運動の軌跡を拾っているみたいだ。スポンジで作ったボールを追っているのか。急に赤ん坊の泣き声が上がり、女が叫んだ。何度言ったらわかんのよ! 子ども達の声はそのせいでさらに大きくなった。
羅城門の下に、荷物を引き摺ったり肩や背に担いだりしながら、奴隷の集団が現れた。彼らも僕に気づいたようで、ざわめきが巻き起こった。先導しているブラザーが振り向いて怒鳴ったがやまない。二度繰り返してあきらめると、ブラザーも奴隷達に加担し、三度目は僕についての見解を述べるために振り向いたまま後ろ向きに歩き、しばらくのちに前を向き、強い関心があふれてこぼれそうな目で僕をにらんだ。
我関せず焉という態度をとる者はいない。奴隷達は、一名を除いて、途中で僕を盗み見ながら首を左右にひねり、おしゃべりをしている。
うわさ話は、たくさんの見えない虻のように奴隷達のあいだを飛び交っていることだろう。断片的に単語は聞こえてくる。それらを僕の妄想は矛盾なく容易につないでいく。
あいつがくるぞ、あのびっこのホモ野郎だ、やらしい野郎だ、さっきからわかってるさ、おれも見てたよ、ヘンな言葉をしゃべりやがる、女言葉だろうが、あの成り上がりもの、ちぇっ、モーゼのペットになりやがって、モーゼともホモ関係かい? おおいにありうるな、骨と皮だけの片輪のどこがいいの? モーゼも悪趣味だ、だがなあ、魔法で恐竜を倒したぞ、俺も坂の上から見てた、空気を操ったんだって? 魔法使いだぜ、なにするかわかんねえな、注意しろよ、前からわけわかんねえことするやつだったじゃねえか、えれーめいわくしたぜ、そうだそうだ、遅れて来た者という説もあるぞ、何に遅れたんだ、どうして遅れたんだ、どっから来たんだ、知らねーよ、親の七光りだってさ、親って誰だ、知らん知らん、このあいだまで仲間づらしてたくせに、おれと同じタコ部屋にいたぞ、おれんとこにもいたなあ、痩せてるわりには力が強いぞ、自分だけでかかるなよ、びっこだろうが、簡単じゃい、いやどうかな、面と向かって魔法を使われちゃたまらんし、やるときには俺に言えよな、要するに裏切り者だろ、裏切り者のくそガキだろ、そうだそうだ、ひっじょーにむかつくくそガキだぜ……
奴隷達は、自分達の表情が僕にはっきりとわかるほどに近づくと、見せたくない表情であるのを意識したためか、俯いた。
おしゃべりは一切なくなったが、竹と木の皮が土をこする音、彼らと僕達の息の音、足音、誰のものかはわからない脚の関節の音、さらに、音源は遠く、まだ走り回っている子供達の歓声も聞こえる。
彼らとすれ違うとき、定常な風の流れとは別の、固有の微風が立った。
その風に臭いが乗ってくる。熟れ熟れた果実、はじけ割れた木の実、鼻と目の粘膜に沁みる香辛料、小バエが雲をなす半乾きの肉。表皮を通して暗緑色に輝く茶。
容赦ない臭いが音を凌駕する時間が傍らを過ぎていく。
奴隷達の中に例外がいるのはさっきから気づいていた。僕を見つめている。僕よりも重度のびっこで、波に持ち上げられ引き摺り下ろされるように、体が大業そうに上下する。僕は正面を向いたまま彼を目で追っている。彼はゆっくりと首を捻りながらあくまで顔の正面を僕に向けている。だから、すれ違う時には、上体がねじれきってしまい、危うく転びかけた。少しゆがめた顔は美しい。
誰かがヒトミにしわがれ声で、卑猥であると思われる言葉を投げかけた。立ち止まって振り返り、ヒトミを見ると、頬を赤くして立ちつくしていた。その頬を隠そうとしているかのように両肩を持ち上げている。手で隠さないわけは、股間を覆うのに手を使っているからだ。
どいつが言ったんだと訊いた。僕は少々騎士的になっている。
ヒトミは顔をゆっくり振って呟いただけだ。
気にしてないよ、なのだろう。
どの野郎だって。
もういいよ。
僕は彼らをにらむ。
彼らはヒトミの右肩の向こうを、肩に担がれた小人達のように進んでいく。再び頭を頻繁に左右にめぐらし、おしゃべりをし始めた。一つの頭だけが、前を向いたまま、振幅の大きな上下動を繰り返していた。

69)

背後で音がした。体がぶつかって丸竹が軋む音だ。続いて聞こえたのが、吐くものがもうないのに吐く際の、空虚な喉の響き。あー、もう、あー、もう、と聞こえる自虐のつぶやき。
ヒトミは既に何かを見ていた。振り返ると、横道から出てきた酔っ払いが、這って橋を渡るところだった。
作品名:ネヴァーランド 作家名:安西光彦