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ネヴァーランド

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土ぼこりの中で酷使した目は充血しているに違いない。赤目族と間違えられて攻撃されるかもしれない。陣形を崩した犯人だと見破られたら、リンチを受けるかもしれない。しかたがない。まかせるしかない。
ところが、どうしたことか、兵士達は僕をよけて通り過ぎていく。一顧だにしない。
目の前にスポンジが落ちてきた。かじりついて吸った。手にアルコールが沁みた。気絶するほどおいしい。絞りきって口の中に丸ごと入れて噛んだ。
パイナップルが飛んできた。歯のすきまに挟まったスポンジを手で引っ張り出すと、今度はそいつに跳びついた。鼻が果肉に埋まって息ができなくなったが、かまってはいられない。ほっぺたも、落ちるのを防ぐように果肉が支えている。
パイナップルが邪魔で、周囲は見えないが、大勢の足音に混じって、食料やスポンジが投げ落とされる音が聞こえた。
吹き矢を吹くような音がした。
一拍おいて、何かが火山弾に当たり、かすかな硬い音をたてた。

62)

果実酒が効いて、たいして食べないうちに眠り込んだ。
蝉と鳥の鳴き声で目が覚めた。ずっと前から鳴き続けてきたのだろう。起きぎわの夢の中でも聞いた。
太陽の光は、ジャングルを斜めに突き刺し、樹も竹も蔦もわずかに末広がりの長い影を伸ばし、それらは薄くなりながら重なっていき、まだ蟠ってている闇の名残りを追い立てる。
僕は枯葉の上に横たわっていた。クヌギの枯葉が焦点の合わないほど近くに縁を垂直に立ててやはり横たわっている。右目だけでそれを乗り越えて、兵士達が踏んでつくっていった森の道を見た。腐植土は弾性に富んでいるから足跡は穴にはならず、蹴散らされ砕かれた枯葉の乱れでそれとわかる。何度も踏まれて粉になっている箇所さえある。沢山の兵士が通り過ぎた証拠だ。
両手を握り締めて土につき、右脚は膝を折って踵を尻につけ、左脚に体重を乗せて、兵士達の後を追って鳥辺野に向かって這い始めた。腕が疲れると、立ち上がって、木に寄りかかり、目指す木を決めておいて、そこまでけんけん跳びで行き、寄りかかって一息ついて、また同じことを繰り返す。左脚が疲れると、再び四つん這いになっていざった。
種類の異なるキノコを目で追いながら這っていると、バイバイと呼びかけられたような気がして振り向いた。右肩を上げると、ねじれの勢いを止められなくて、仰向けにひっくり返った。酸っぱい臭いをたてる土ぼこりの中で頭を起こして左右に振った。なおさらほこりを掻きたててしまった。顎を引いて両足の狭間から覗いてみると、消え残っている霧は、海に漂う無数の魚の卵のようで、遠くの盛り土は、露出した火山弾のような触手、触角、鰓突起をつきたてて海底に蟠るウミウシだった。僕からもさようなら。
両手の拳と左の膝の皮がむけた。痛みは感じないが、枯葉が血についたままになる。
前方から、どよめき、喚き声、怒鳴り声、唸り声、悲鳴が聞こえる。
白い兵士達がヘビの篭の入り口を起点にして二重三重の柵をなしていた。その柵は森の中を湖に向かって延びていた。森だけでなく世界を二分する境界のようだ。柵の中には赤目たちが囚われている。見た限りでは女と子供はいない。白い鳥居が連なるようなヘビの骨格の中を、捕虜達がぶつかり合いながら登っていく。両側に点々と監視の兵士を伴って、山腹をゆるいカーヴを描きながら木々の中に消える。僕が息を切らせて登ったように、彼らも息を切らせている。あの時僕はかすかな希望を持っていた。今赤目たちにはそれがない。最低限生きられることを希望というなら赤目も希望を持っているが。
僕は兵士達の隙間をくぐり、篭の入り口のそばに来た。ゴンドワナ時代の世界地図のような骨のひび割れの模様が記憶に残っていた。
白っ子が骨の根元に胡坐をかき、捕虜の選別をしていた。とても賢い子供といった風貌だ。
赤目族は白い兵士達に取り囲まれて逃げようがない。悪い予感にさいなまれ、狂騒状態に追い込まれている。
白っ子は淡々と機械的に命令を下す。何かをつぶやき、顎をかすかに振る。兵士達がそれをじっと見ていて、赤目の肩や上腕を押す。押す方向が、それぞれの赤目の運命を指し示す。
どういう基準で分別されるかは、赤目にもすぐわかる。胸を張ったり、筋肉を見せびらかしたり、微笑みに近い表情を引きつらせたりして、命乞いのはかない演技をして見せる者は多い。そばに、肛門から口まで竹で突き刺された生々しい赤目の死体が木に立てかけてあるにもかかわらず、鳥居に駆け込むやつもいる。あくまで抵抗する者は、押さえつけられ、肛門から竹を差し込まれ、新たな見せしめのための案山子となる。竹には糞尿と血がまつわりつき、伝い落ちて、枯葉を黒く濡らす。
はねられた者は、鳥辺野へ向かう列につかされる。年配者、障害者、負傷者、極端な栄養不良、極端な反抗精神。
僕は、入り口の前に並ばされている赤目達の間を這って突っ切った。つばを吐きかけられた。
帝国兵士が見張る嘆きとあきらめの列の脇に沿って進む。 
赤目達が走り始めた。前方に小さな沼があった。悪臭を放つ濁り水が溜まっていた。帝国が占有している泉の水がどれほど澄んでいるかを再認識させられた。だが、赤目達は音を立てて飲んでいる。頭を突っ込んだまま、暴れている者がいる。手足で水面をむちゃくちゃに打つ。恐慌に陥っているので立ち上がることが出来ない。周りの者は無関心だ。僕が混雑を掻き分けて近づこうとしているうちに、三分以上過ぎ、のたうちが静まった。うつ伏せの体は、押しのけられ、水面に浮かぶ落ち葉と枯れ枝を額で掻き分けてゆっくりと進み、岸から水中へ延びているねじまがった木の根にぶつかって、体を回転させた。
沼を通り抜けた。森が徐々に明るくなってきた。
とうとう光まぶしいサバンナに出た。
いくつもの嘆きとあきらめの列がジャングルから出て、幾条も煙が立ち昇る清水の舞台下につながっていた。
上からは、岩が絶え間なく落ちてくる。たくさんの点がたちまち広がりを持つ物体となって地で跳ねる。空気を切る音、激突する音。岩盤に当たるか赤目に当たるかでその音質は極端に違う。単純に物理的ではないほうは、複雑で有機的で感情的な響きをたてる。
岩に潰されるだけでなく、体に火がつく場合もある。仲間にしがみついて火が移る。絶叫しながらの死の舞踏。
もともとここに火をつけたのは誰だ? 僕じゃないか。ああ、もう、自分に火をつけたくなる。
砕けた死体や黒焦げの死体を踏んで逃げまどう赤目たちは、取り囲んだ兵士に追い返される。抵抗する者は礫器や剥片石器で首をかかれる。火山弾で頭を砕かれる。
逆勾配になった崖下の奥、煙にさえぎられ、ボディーガードに取り囲まれ、眼前の地獄絵を平然と見下ろし、傲然と聳え立つモーゼが、オペラ歌手のように腹から大声を出して演説していた。短い文言を繰り返しているだけなので、やがて内容の見当がついた。

市民諸君に告ぐ、市民諸君に告ぐ!
戦闘は終わった。白軍は赤軍に勝利した。彼ら死すべし。死すべし。実行せよ。実行せよ!

63)
作品名:ネヴァーランド 作家名:安西光彦