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ネヴァーランド

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突然吾郎とは別の種類の恐竜が出現した。
耳をつんざく咆哮とともに吾郎に跳びかかってきた。
吾郎も唸り声をあげて立ち上がり、前足で相手の顔面を削る。
吾郎の背中の筋肉が張りきって僕を跳ね飛ばしそうだ。
僕は四肢だけでなく、口まで使って、吾郎の背中にしがみつく。
敵は川原で一回転し、血をあたりに振り撒くと、悲鳴をあげながら逃げ去った。
岩の下に僕の三倍ほどの大きさの四足恐竜が切れ長の目を閉じて眠っていた。
吾郎は左前足で岩を跳ね上げ、右前足でそいつを押さえつけた。
頭からかぶりついて噛み砕いた。
その音が絶叫とともに頚骨を通して聞こえた。
餌食のちょん切れた尻尾が赤黒い切断面を光らせて砂利の上でしぶとくのたうった。
静まると七色の体色がたちまち褐色に褪せた。
生命と非生命の違いを僕ははっきり確認した。
吾郎は長い尾を河に浸す。
大ウナギが喰いつき、吾郎がふり向きざまにそれに噛みつく。
何度か繰り返したので僕は目が回ってしまった。
吾郎が脱糞し、後足で砂と石を蹴る。糞を埋めているのだ。
あまりの臭さに再び目が回る。
五郎の躾のよさにも感心したが。
こんなことまで遺伝子が指図しているのか。ということは、僕は遺伝子に感心したということか。
なにをいまさら……
やがて大河は隙間だらけの頁岩の壁を通り抜ける。
その壁の上では、トリケラトプスやステゴザウルスが唸りながら疾走していた。
さらに下流に行ったところで、二足歩行の肉食恐竜ティラノザウルスが河の中ほどまで進出しているのを見た。
物思いにふけりながら川面の一点を見つめて動かない。
尾だけが流れのまにまに揺らめいていた。
その恐竜が空を見上げたのにつられて僕も見上げると、遥か上空にプテラノドンが奇声をあげながら滑空していた。
別のティラノザウルスをみつけた。
つがいだ。
咆哮を交し合ってから、裸子植物の潅木を押し倒し、律動の音すさまじく交尾しはじめた。
交尾の実際を見るのは初めてなので、僕は吾郎を制してしばらく観察した。
興味津々ではあったが、結論は批判的だ。
簡潔さに欠け、不用心である。美しくない。
吾郎が河の水を飲む。
僕も背から跳び下りて水を飲んだ。足の裏に柔らかいものや硬いものやざらざらしたものや粘ついたものを感じた。土、石、砂、泥だ。
ふと殺気を感じて振り返った。
吾郎が歓喜の表情を浮かべてよだれをたらしながら僕に跳びかかろうとしていた。
ボタンを連打する。
吾郎はのた打ち回った。
まったく油断もすきもあったものではない。
厳しい教育をほどこそう。
暗くなってきた。
昼から夜に変わるのにかかる時間が、僕の部屋での場合よりもずいぶん長いような気がする。
恐竜達と僕との体の大きさに比例しているのだろうか?
僕らは河を離れ、埃が舞い飛ぶ谷間をすすむ。
僕が腹をすかしている以上に吾郎がそうであるのは、彼の、あるいは彼女かもしれない吾郎の腹が、さっきから鳴り続けていることからわかる。
吾郎は巨大な体を維持するために、常に食べ続けなくてはならない。
吾郎に食べ物を探させよう。
悪臭漂う場所に出た。
動物達の墓場なのだろう。
吾郎は墓場の表層を爪で裂き、音を立てて掘り進む。
腐敗の始まっている動物の死体が出てきた。
吾郎はむしゃぶりつく。
僕もどうしても我慢できなくなり、知性も教養もかなぐり捨てて半腐りの食いものに飛びついた。
それは柔らか過ぎて歯が空振りするほどだった。
甘過ぎて舌がしびれた。
しかしこんなにおいしいものがあったとは!
吾郎が天井の低い、しかし広々とした洞穴にもぐりこみ、寝そべった。
僕は吾郎のいびきを聴きながらも覚醒している。
僕とこの恐竜との間に生理習慣の共通点はない。
寝ている吾郎を起こすためにボタンを続けざまにたたいた。
吾郎と同種の恐竜がやってきたからだ。
僕のボタンで二頭とも跳ねたのが同種である証拠だ。
僕は天井にこすられそうになったので吾郎の背から跳び降りた。
敵は吾郎の二倍近い大きさだ。
喧嘩が始まった。
ボタンを押すと喧嘩がさらに激しくなるのがわかったので僕は手の施しようがない。
吾郎が耳を噛まれ、相手の前足を噛み、相手がその脚を振り上げて吾郎を仰向けにして喉を噛み、左右に何度も首を振った。
吾郎は痙攣しながら、耳と喉から血を流す。河のほとりで聞いた水音のような音が聞こえた。
長い尾が空をさ迷い、地面に落ちてもしぶとくうごめき、しかしついに静止した。
薄目を開き、舌を長々と出して吾郎は死んでしまった。
僕は何かがこみ上げてくるのを身内に感じてうろたえた。
天井が振動し、うなり声をあげたので、様子を窺っていた勝利者は逃げた。
僕たちが洞穴と思っていたのは、吾郎たちよりもはるかに大きな恐竜の腹の下だった。
大恐竜が喧嘩の音で目覚めたのだろう。
震える四本の脚と腹から僕も逃れ出る。
大恐竜は鼻の捻じ曲がるほど臭いおならをした。

6)

僕は初めて自分だけで外の世界を移動することになった。
おうちが段々遠くなる、遠くなる。今来たこの道帰りゃんせ、帰りゃんせ。
父から教わった歌だ。これから、この歌を歌う機会が何度もありそうだ。
たくさんの星明りを頼りに、もと来た道を戻りはじめる。
ただし道は硬く踏み固められていて幅が広く、隠れ場所がない。
恐竜どもに見つからないように、路肩を降りて、左側の崖の下を忍び足で進む。
右側の路肩を下から窺うと、礫と岩がでこぼこと突き出ており、僕が降りてきたのと同様の土砂崩れの跡がいくつか見える。
辿りつつある溝には、ところどころに陥穽が開いているので、落ちないように注意しなければならない。
体育館では障害競技もやってきたが、飛び越えたりよじ登ったりばかりだった。
穴の傍らで耳を澄ますと、水音が聞こえてくる。地下に伏水流が存在している。
僕は枯れ川を歩いているのだ。
左右を警戒しながら進む。しかし、つい天井、いや、空を見てしまう。
僕の部屋に星はない。夜になれば真っ暗だ。
ここは違う。
小さな星は、無数の針穴のように稠密に広がり、大きな星は、少しずつ色を変えて飛びとびに散らばっている。
僕は不安に駆られる。
こんなに多数の天体が安定であるはずがない。
突然視野の下のほうに強烈な輝きが出現し、わずかに遅れて大音響。
僕は溝と崖のなす直角に身を押し付けて縮こまる。
恐る恐る顔を上げたとたんに、またもや大音響が聞こえ、溝の果ての中空が赤紫に燃え上がった。
火山が噴火したのだ。
山自体は闇に隠されたままだが、噴火は間歇的に繰り返される。
恐ろしいが美しい。僕はやや慣れてきて、もっと近くで観察したくなった。
道を辿る勇気が出てきた。
左側の崖が急に緩やかになった。
岩と、地面から露出した木の根を支えにして、そこを登っていった。
斜面を時々ずり落ちる。これもまた新鮮な経験だ。
小山の頂に着いた。
見下ろした所は、大岩に囲まれた平坦地だ。
ティラノザウルスが群れをなしてうごめいていた。
彼らの周りには、落ちた火山弾が燃え続けていた。
だが、やつらは右往左往するばかりで、大岩の間を抜けて逃げることができない。
よほど知能が低いようだ。
再び噴火だ。
数頭のティラノザウルスが、恐怖のあまり雄叫びをあげた。
作品名:ネヴァーランド 作家名:安西光彦