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ネヴァーランド

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ヒトミが僕の前につく。ヒトミの尻を見ながら、いつもの運搬作業にとりかかる。
空気に触れて間もない新鮮な土砂と、腐敗しかかった汚物の混合で成り立つ流れを掻きながら、しばらく待つ。
ニガーが、掘削作業現場のある北山方面に消えた。
僕には、ニガーの監視はそれほど厳しいものではないと思われる。しかし、奴隷は決して逃げない。
僕が受けた最初の暴行を、すべての奴隷が受けているようだ。あの苦痛は、成長の過程で乗り越えるべき通過儀礼とは正反対の、敗北の結果として奴隷に押される焼きごてだ。自らがアウトカーストの身となったことを思い知らされる。
その後も続く暴行といじめ、強制労働によって、奴隷には奴隷根性がしみついてしまい、食と水と安全と引き換えに、逃亡という発想を捨ててしまう。今日も、明日も、あさっても奴隷だ。
僕も逃亡はしない。ここで生きるためにやってきたからだ。
そして、可能性のあることを、少しずつ試していくつもりでいる。
例えば、今日の計画がそうだ。やってみなければわからないが、わかりたいのでやってみる。
彼ら奴隷の、僕が観察した限りでの習性に、期待するしかない。
ヒトミを助手にするつもりだ。
僕は彼の尻に向かって呼びかける。
「ヒトミ」
ちょっと跳び上がったが、振り向かなかった。
僕は、すばやくヒトミの前の前に割り込んだ。
ヒトミは慌てて僕の前に割り込む。
またヒトミの前の前に割り込む。追い越すときに、ヒトミを窺う。
顔中が質問にまみれている。
そのうちわかる、僕について来い、と囁きかけた。
割り込まれた奴隷の反応を心配していたが、前の者はほとんど気づかず、後ろの者もなにやら悪態をつくが、ヒトミがすばやく後退するので、引き下がる。僕もすれっからしになっているので、足で相手の鼻面を押したり蹴ったりもするのだ。
何度繰り返しただろうか。
ようやく目指していた横穴の入り口にたどり着いた。
僕は、ヒトミが押してくる土砂の一部を、右足で横穴へ押し出した。
少しずつ量を増やしていく。そして、機を見計らって、体を直角にターンさせると、横穴に向かって土砂を押し込み始めた。
後ろの者は、両手を前にたらし、肩で息をしながら、呆然と僕を見ているだけだ。
僕は元に戻って、そいつに少し土砂を送る。そしてまたターンして、土砂を横へ送る。
やって見せて、真似させるのだ。
まだ反応しない。
元に戻ってヒトミの尻をつついた。ヒトミは腹の下から逆さまの顔を僕に向けた。
僕はターンして見せた。
学ぶ者であるヒトミは、ありがたいことに、すぐさま反応した。僕の後ろにつくと、僕と一緒にターンした。
元に戻ってから再びターン。
これをまた何度繰り返しただろうか。
ついに、奴隷がヒトミの後ろについて横穴に入り、土砂を横穴に入れ始めた。それに続く者も、ぞろぞろと横穴に入り、同じことを始めた。
縦列を成していた奴隷達が、枝分かれして横列を作っていく。前の者に従って横穴に降りていく。
成功だ。うれしさがこみ上げてくる。
ヒトミが頭で僕の尻をついた。横穴が満員になったようだ。
僕は横と縦の土砂の量を半々に分配する。縦の流れが止まってしまうと感づかれるからだ。
興奮の充満した時が、瞬く間に経っていった。
僕はヒトミをコーナーに残して、さほど長くない横穴に入った。狭い穴なので、息の音、土砂の流れる音、腹の鳴る音、屁の音でやかましい。
端まで行ってみた。濁って臭いプールは、続々と土砂が押し込まれ、沼と化しながら、みるみる水面を上昇させていく。
僕は、今日の残り時間内に計画目標は達成可能であると判断した。
ほくそえんでしまう。
みんな、ありがとう、などと口走りそうでもある。
持ち場に帰る。
運搬作業にこれほど励んだことは今までになかった。
腹が減ってきた。夕食が待ちきれない。硬いものばかり食べているせいか、食と食の間、歯がむずがゆくなる。
奴隷は、小腹を満たすために、壁の土を食べる。不味くない。ミネラルや水分も同時に摂れる。
僕は、作業に熱中しながらも、壁に顔をつけて頻繁にかじった。

こうやって僕は、不衛生な水場を、一つ一つ封鎖していく予定だ。

49)

行動計画は順調に実行されていった。
朱雀大路を除く十二本の幹線路の各々に、二つ、あるいは三つの水場がついている。
このうち何個を封鎖できるか。
僕は、毎日ドキドキしながら、列を前に上り、または同様な具合にして後ろへ下がり、横穴の傍らに位置を占め、土砂を横流ししていった。
感謝すべきは、同じ班の者たちも、恐らくは意味をわからないながら、この作業に慣れてきたことだ。僕の直前か直後にヒトミがいなくても、流れを変えられるようになった。
僕はヒトミを列からはずし、見張りに立てた。
ヒトミは道に沿って、列の端近くまで偵察に行き、ニガーがこちらにやってくるそぶりを見せると、走り帰ってきて、腹を突き出し、体を揺らしてニガーの真似をする。
僕とヒトミは横穴に飛び込んで、作業員達の尻をたたいて元に戻す。
緊急の場合や、横穴が長い場合は、何名かを戻すだけにして、奥の水辺でみんな固まり、息を潜めて待つ時もある。
このとき、奇妙な、胸ときめく感じを味わう。ひとつの陰謀にともに加担している者が持つ、共犯者意識だろう。
東大路に割り当てられた日は、同じやり方で、氷穴への入り口まで移動し、小さく窓を開けて、土砂を落とす。下縁を砕いて、床まで届かせているので、窓というよりは、狭い隙間だ。
この地点が掘削現場から近いせいで、汚れのない土砂は、蹴り落とすのに惜しいほど新鮮でおいしい。
作業が終わりそうになると、窓をふさぐ。
不衛生な水場を出来るだけ多く封じて、市民の間に飲料の不足が切実になるまで、ここを公開しないつもりだ。
氷穴内はひどく寒い。降りるための坂道もまだないのに、寒い思いをして水を飲みに行く必要を彼らは感じないだろう。帝国の外も内も、ほぼ亜熱帯の環境にある。それに慣れた者は、利用しない。
泉に飲みに行くことが徹底していれば問題はなかったはずだ。
ところが、彼らは基本的に水が体に触れることを嫌う。ニガーが泳いでいるのを見たとき、驚いた理由の一つはそれだ。あのニガーが水への適応を維持しているのは、泉の番人だからだろう。雨の降らない地中に蟄居してきた市民は、雨の振っている外には出たがらない。濡れるのを避け、帝国内の水場を使う。
緊急時にも泉を使わない、否、使えないはずだ。例えば、戦争になって、篭城を強いられる場合だ。
泥沼となった横穴の水場は再生不可能だ。内部にある新たな水場への需要が充分高まったときに公開すれば、彼らはあえて寒さに抗して、鴨川の水を享受するだろう。
新しい水場に関して、解決すべき課題がまだ二つ残っていると思う。
洞窟内に生息する翼手竜にどう対処するか。
奴らの食餌量は並大抵ではないだろう。足元をうごめく小動物に満足できはしない。外の世界での夜間に、捕食行動をとりに、外出するはずだ。その間にだけ水を利用できる。
作品名:ネヴァーランド 作家名:安西光彦