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ネヴァーランド

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周りに集まった者達は、逆光線で真っ黒な、うごめく外輪山であり、興奮の極にあった。
僕は四肢を持つすべての生き物が共有する無条件降伏の姿勢をとらされた。
両腕両足を踏みつけられ、さんさんと降り注ぐ陽光のもとで、あばら骨も、生っ白い腹も、臍も、これ以上萎縮しようがないくらい縮み上がり下腹にめり込んだ性器も、屈辱に発狂しそうになりながら、僕は群集に晒したのだ。
彼らの喜ぶ様は尋常ではなかった。凱歌をあげる高笑いとも受け取れた。
再び蹴飛ばされ、引っ立てられた。まともに歩けないが、両側の真っ黒い巨漢どもに引きずられて広場の中央に向かった。
そこにはもう一つの、同じぐらい高揚した群集のサークルが出来ていた。
真ん中には、白木づくりの演壇があり、その上で、褐色の大男が咆哮していた。
その向こう、広場の突き当たりに、彼らの巣であるらしい洞窟が口を開いていた。
何を言っているのかはさっぱりわからないが、その男には見覚えがあった。僕が体育館で挨拶をした時、先頭切って奇声を発し、暴れ、走り回った奴だ。ガキ大将という感じだったが、当時の三倍ぐらいのデカさになっている。
男は僕を覚えているだろうか?
壇の周りには、始終尊大に体をくねらせている真っ黒な奴らが、ボディーガードよろしく取り囲んでいる。
演説をしている元ガキ大将が指導者なのだろう。この男に引き連れられて、皆は、河を遡ってきたのだろう。僕はこいつをモーゼと名づけた。
僕を痛めつけた奴やボディーガードはニガーでよろしい。
僕はどんなことをされても彼らを仲間だと思っている。しかし、個別に、憎むべき者、軽蔑すべき者等の存在を許さないほど悟ってはいない。
少し離れたところに、片足に体重をかけて腕組みをしている男がいた。僕を先導した、斥候兵らしき奴だ。なれなれしい、意地悪そうな目つきで僕を見ている。こいつはハットリと呼ぶことにしよう。
モーゼは、腕を振るい、頭を振りたてて、扇情的に演説を続けていた。
興奮して跳び上がることがある。
その度に、壇の造作が緩いのか、硬い音がする。
跳び上がってから、地面に飛び降りる時すらある。誤って踏み外したのかもしれない。
モーゼは、そそくさと壇の後ろに回り、大げさな準備姿勢をとってから、跳び乗る。ひときわ大きな硬い音がする。
僕は、彼の乗っている複雑な形をした白木の演壇をよく見てみた。
充分な樹齢を経た大木の根を乾燥させたような、でこぼこの代物だ。
下部が、ササラのように細い、ひん曲がった格子でできている。何本かが折れている。
それをじっと見ているうちに僕は恐ろしい連想にとらわれた。
僕の歯が折れたことがその連想への継ぎ手となった。
細い格子の上には対をなす小さな窪みがある。その上には、やはり対をなす、ずっと大きな窪みがある。凹凸に富んだそれらの内壁が、複雑な輝きと影を作って、じっとこちらをにらんでいる。
僕は、両手と両肩をつかまれてはいるものの、渾身の力を振り絞って後ろを振り向いた。全身にわたって痛みが悲鳴をあげた。
惨め極まる僕なのに、群集は僕の視線のためには、疑わしそうな表情を浮かべながらも、紅海の水が左右に分かれるように、道を開けた。
僕が跳び出してきた二百二十三基目のトリイが、何かの象徴のように白々と広場の縁の地面に突き刺さっていた。その向こうには、密林とともに山腹を下りていくトリイの連なりが見え、そのまた向こうには、湖から立ち昇る水蒸気のためにわずかに振動している対岸の連山が、青紫に煙って見えた。
連想は確信に変わった。
神の社へ参拝する参道のトリイだと思っていたものは、ヘビの骨だったのだ。
僕はヘビに追い掛け回されたあの悪夢の夜を思い出していた。実際、今でも時々夢に出てくる。
自然死ではないだろう。死期を間近に察したヘビは、最後の力を振るってとぐろを巻くはずだからだ。
彼らが集団戦術でもって攻撃し、ヘビが巣穴に逃げ戻る寸前で止めを刺し、恐らくは食ってしまったのだろう。そしてヘビの巣穴を占拠したのだろう。
恐るべし。
恐怖に感動さえしていた僕は、ニガーにどつかれて、モーゼのほうを向かされた。モーゼはさっきから僕に向かってしゃべっていたのかもしれない。
モーゼがヘビの首から飛び降りた。
ニガーどもを引き連れて近寄ってきた。
僕のニンテンドーを指差して何か言っている。
僕が、首をかしげて怪訝な振りをしていると、脇に立っているニガーに蹴倒された。
別のニガーが、平べったい石を持ってきて、振り上げた。
僕の手首を切ってニンテンドーを抜き取るつもりだと気づいた。慌てて体を捻り、踏んでいる足から左手を抜き取ると、震えながらバンドをはずし、伸ばしているモーゼの左腕に巻きつけた。周を僕の一・五倍にせねばならなかった。
モーゼは巨大で、目はらんらんと輝き、精力絶倫は確かで、口の周りが泡だらけで、口臭がきつかった。満足げに腕を大きく振りまわすと、ボディーガードらに囲まれて、洞窟へ向かっていった。
僕の切り札はなくなってしまった。
あれは僕の身を守るだけでなく、この凶暴な仲間達をも守るためにある。
取り返したらまた取られるだけならいい。手を切り落とされどころか、殺されかねない。モーゼに利用法を教えることは不可能だ。
どうしたらよいのだろう。
この後僕はどうされるのだろう。

38)

熱にうなされていたような群衆が突然静まった。
彼らに特有の合図があり、僕だけがそれを見落としたか聞き落としたのか。
僕に対する彼らの関心は掻き消えた。
彼らは、低くつぶやきながら、急用を思い出したかのように、あたふたとモーゼを追って洞窟へ向かった。入り口には列ができ、若干の押し合いへし合いがあったが、瞬くうちに彼らは消えた。祭りの狂騒が過ぎ、日常が戻ってきたのだろう。
体育館の十倍ほどの広さの、太陽に焼かれて焦げつきそうな広場が残った。乾いたクレーを、足跡にまみれた砂塵が覆う。
山腹に張り出た、不自然なほどに水平なテラスだ。特に湖に面したあたりは、展望台のように突き出ている。オーバーハングである崖を真下に抱えているはずだ。
以前はもっと緩やかだった山腹を削岩して、出た土砂をならしたのだろうか。
広場を囲む密林からは、気違いじみた蝉の声が聞こえてくる。時折動物の奇声が、それに混じる。昼寝の最中に見る悪夢にうなされているのかもしれない。
集団リンチを受けた末に、殺されることからは、ひとまず逃れた。だが、広場に残されたのは僕一人ではない。どでかいニガーがそばに立っているのだ。そいつは、左手で僕の首を後ろからわしづかみにしている。右の上のほうから、脂肪で狭くなった気管を行き来する息の音が聞こえ、右の下のほうに、上下動を繰り返す盛り上がった腹が見える。
僕が好奇心に駆られて周囲を見回す度に、ニガーは爪を立てて僕をたしなめる。
こいつはどんな指令をモーゼから受けているのだろう。
僕は、岩陰に引っ立てられ、ひっそりと処刑される自分を想像し、汗まみれの背に悪寒を走らせた。
そいつが左腕を突き出した。僕はつんのめりそうになり、慌てて前進し始めた。しかし、一足ごとに、人魚姫のように激痛を味わう。
作品名:ネヴァーランド 作家名:安西光彦