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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ルナティック・ハイ

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 瑠流斗の買ってきたバッテリーは最高級品であった。通常の動きをする機械人形であれば、10年は稼動可能だろう。それと同じバッテリーが組み込まれているのも関わらず、1ヶ月たらずでバッテリーは寿命を迎えようとしていた。
「10年分の働きを1ヶ月でするのか、それともエネルギー漏れをしているかだね」
 エネルギーが漏れていた様子はない。
 それほどのエネルギーを使用する片鱗すらアリスには見られない。
 一般に出回っている機械人形に比べて、超高性能の高級品、魔導式機械人形では最高峰のレベルだろう。何億するかわからないような代物だ。軍用のジェット機より高いだろう。
 だからといって、このエネルギーの消費量は異常だ。
 なにかアリスには秘密があるに違いなかった。
 アリスを拾ったあの日、変わったことはあっただろうか?
 なにもなかった。
 それどころか、拾った後にもなにもない。
 こんな代物が?行方不明?になれば、なんらかのアクションを起こす者がいるはずだ。
 瑠流斗からアクションを起こす気はなかった。いつの日か正当な持ち主が尋ねてくれば、すぐに返す気でいる。だが、自ら持ち主探しをする義理はなかった。
 バッテリーを取替え、背中の蓋が閉められた。
 数秒の間を置いて、アリスは深い眠りから目を覚ました。
 アリスは胸元を隠しながら状態を起こし、辺りを見回したが、すでに瑠流斗の姿はない。
 いったい瑠流斗はどこに消えてしまったのだろうか?

 冬の朝日は遅く昇る。
 天を突く摩天楼。ビル街の窓が日差しを反射する。ヒラリーマンの出勤時間はすでに過ぎている。都心に向かう満員電車も、今は解消される頃合だ。
 邸宅から会社に向かうロールスロイス。
 車は閑静な住宅街を抜け、ホウジュ区のオフィス街までやって来た。
 超高層ビルの高みから、瑠流斗は目を細め地上を見下ろしていた。その瞳に映るのはロールスロイス。
 強風の吹き荒れる屋上に立った瑠流斗は、空を羽ばたく鳥のように両手を大きく広げた。
 そして、本当に羽ばたいたのだ。
 地上に落下する瑠流斗はどんどん加速し、地表にぶつかればどうなるかは目に見えている。
 だが、結果は予想を反した。
 雷鳴でも落ちたかの地響きが鳴り、超合金でできた特別製のロールスロイスは、そのフロント部分を見るも無残に大破させられていた。そこに立っていたのは、瑠流斗。
「ごきげんよう」
 なんと、この状況には似つかわしくない挨拶であろうか。瑠流斗は平然とした顔で優雅に片腕を広げ会釈をした。
 挨拶をした相手はロールスロイスの後部座席に乗っている男だ。
 すでに運転手役を務めていたボディーガードは、瑠流斗飛来により衝撃でショック死して、助手席に乗っていたボディーガードは、顔中に血化粧をして意識朦朧としている。残るボディーガード二人は瑠流斗のターゲットを挟むように左右に座っている。
 かなり厳重なガードだが、これは普段からのものなのか、それとも誰かの手の者を恐れてのことか?
 しかし、どんな厳重なガードをしようと、瑠流斗を前には無意味だ。
 後部座席から拳銃が火を噴いた。
 一発、二発、三発と、全ての銃弾は確かに瑠流斗の身体を貫いた。
「それで終わりかな?」
 平然とした顔で瑠流斗は聞いた。
 また銃口が火を噴くが、瑠流斗は避けることもなく、身体を貫く銃弾を感じる。
 引き金を引くが、カチカチと虚しい音が鳴り響くだけ。
 弾倉をすぐに取り替えることもできただろう。
 普段ならば自分が撃った弾の数を把握し、弾切れを起こすこともなかっただろう。
 しかし、目の前の若者は人にして人にあらず。その内面から溢れ出す鬼気に押され、ボディーガードの思考は使い物にならない状態だった。
 ボディーガードの雇い主は全身から恐怖を噴出させ、服はすでにびしょびしょに濡れて冷たくなっていた。
 全身を凍えが襲い、ついに男はボディーガードを捨てて車外に逃げ出した。
 車外に出た男は勢い余って地面に躓いた。
 アスファルトに腹ばいになった男に手を差し伸べる者はいない。渋滞になりかけていた車も、銃声が響きはじめてすぐに逃げるように去って行った。
 男の荒い息使いと、ブーツの鳴り響く音。
 充血した眼で男はブーツから上を見上げた。
「逃げても無駄だよ。地獄の果てまで追いかけるから」
 陽光の下でありながら、まるで夜を背負っているような男。微笑みはまるで天使のようでありながら、その翳に潜む狂気の沙汰。
「影山雄蔵[ユウゾウ]氏だね。ご依頼により、あなたの命を貰い受けに来ました」
 その口調はあくまで淡々としていた。そこに感情などない。雄蔵は戦慄した。
 このままでは確実に自分は殺されてしまう。
 わなわなと震える口を抑え、雄蔵は上ずった声を発した。
「わ、私は違うんだ。私は影山雄蔵ではない!」
 実に陳腐な言い訳だった。もっとマシな言い訳は思いつかなかったのだろうか?
「ふむ、あなたは自分を影山雄蔵氏ではないと言うのかい?」
 そんなはずはない。影山雄蔵の顔はマスメディアによって知れ渡っている。
 魔導産業で莫大な富を築き上げた影山源三郎氏が隠居し、そのあとを継いだ雄蔵氏の顔は業界の者ならば誰でも知っている。専門誌で顔写真つきのコラムもやっていて、その写真の顔と今ここにいる顔は瓜二つ。見間違うはずがない。
 しかし、別人であるという可能性がないわけではない。
「影武者なのかい?」
 整形技術を頼れば、同じ顔や体型などいくらでも量産できる。もしくはクローン技術で作られた身体に別人の脳を移植することも不可能ではない。それには莫大な資金と非合法な技術に手を染めるというデメリットがあるが、影山氏ほどの大富豪となればやるだろう。
「私は雇われただけなんだ。本物の代わりに表舞台に立って会社を運営し、メディアへの対応もした」
「ふむ、つまり本物の影山氏は常に影に潜んでいるわけだね。それであなたは本物に会ったことはあるのかい?」
「会ったと言えるかはわからない。声だけしか聞いたことがないのだよ」
「では、顔もまったく知らないわけかな?」
「そうだ、顔もまったく知らない」
「今のあなたの顔は生まれたときのまま?」
「そうだ、これは私の自前だよ。本物の影山雄蔵は表舞台に立つことは決してない。だから、本物の顔に似せる必要などないのだよ。社会では私が影山雄蔵なのだから」
 瑠流斗の問いかけに答えながら、自称雄蔵のニセモノは心底から身体を震わせ、心臓は激しく脈打ち心臓発作も起こしかねない状態だった。
「なるほど」
 と頷いて、瑠流斗は怯える襟首を掴み、無理やり男を立たせた。だが、男は脚に力が入らず、まともに立てる状態でなく、脚はだらしなく折曲がったままだった。男を支えているのは瑠流斗の片腕の力だけだ。
「ふむ、君には影があるようだ」
 摩天楼に反射する光でできた男の影を見ながら、瑠流斗は少し動きを止めた。その耳が微かに動く。
 遠くからサイレンの音が聴こえる。
「帝都警察のご登場か……」
 男は襟首を突き放され、その勢いで地面に尻餅をついた。固唾を呑み込んですぐに辺りを見回すが、瑠流斗の姿はすでにどこにもなかった。