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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ルナティック・ハイ

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 突如として現れた女帝によって造られた魔導と科学の都――帝都エデン。死都と化した東京の技術と文化が流れ込み、女帝たちのもたらした魔導と融合し、世界を動かすほどの技術革新が起きた。これはビジネスチャンスに他ならない。
 当時から資産家であった源三郎は、全ての金を魔導につぎ込み、成功者となった。
 しかし、源三郎はすでに息子に会社を任せ、気楽な隠居の身だと云う。
 二人はベンチに座って話をすることにした。
 先ほどまでなかった気配が公園中から感じられる。おそらく源三郎のSPだろう。今この時間、公園に入ろうものなら殺されるに違いない。
 瑠流斗が尋ねる。
「それでボクにどんな依頼でしょうか?」
「愚息[グソク]を殺して欲しい」
「月並みな依頼ですね」
 あっさりと言い放った。
 瑠流斗の仕事は殺しに限る。そう、彼は殺し屋なのだ。
 親族や恋人を殺して欲しいという依頼はよくある。恋人――いや、元恋人を殺して欲しいという依頼や、親族間であれば相続問題が多い。
 瑠流斗は立ち上がった。
「ボクはこれで失礼します。依頼料は成功報酬としていだきます、では――」
 立ち去ろうとする瑠流斗に源三郎が手を伸ばす。
「君、待ちたまえ!」
「まだ何か?」
 神妙な顔つきで瑠流斗は振り向いた。
「わしに聞くことはないのか?」
「いえ、別に……」
「なぜ息子を殺して欲しいのか、その理由を聞かなくて良いのか?」
「ボクには関係のないことですから。ターゲットがどんな善人でも、ボクには関係のないことです。しかし、話したいのならどうぞ、聞きましょう」
 瑠流斗は再びベンチに腰掛けた。依頼人の話を聞いてあげるのも仕事のうちだ。報酬の支払いが終わるまで、依頼人としての関係が続く。
 ひとつ咳払いをして源三郎は話しはじめた。
「今のままではわしが築き上げた会社は息子に壊されるだろう。奴は経営のなんたるかを全くわかっておらん。奴に会社を譲ったのはわしの人生で最大の失態じゃ」
 まあまあ月並みな話だ。
「ならば他の者に会社を任せればいいでしょう。あなたは隠居ですが発言力はあると思えます。それになにより父親だ、息子は父の言うことを聞くものです」
「息子が父のいうことを聞くような時代じゃない。発言力があるのはたしかじゃが、わしが息子を退陣させようと画策をはじめると、奴め、わしを暗殺しようと手を打ってきた」
「なるほど、歯に歯を、眼には眼を。そこでボクに息子を殺せとおっしゃったのですね」
 これで理由も聞き終わった。再び瑠流斗が腰を上げようとすると、また源三郎が口を開いた。
「瑠流斗君、君は影についてどれくらい知っているかね?」
 突然、なぜそんな話を……と瑠流斗は首を傾げた。
「それは科学的な見地からでしょうか、それとも別の見地から?」
「人が動けば影も動く。では、影の動きを止めれば人は動かなくなるのではないかね?」
 不思議に思いながらも瑠流斗は話を繋げる。
「ふむ、影縫いという技が有名ですね」
「そのとおり、この原理は昔から考えられているものなのだよ」
「影は決して消えません。大きな闇に隠れて見えなくなることはあってもね」
「どうだね君、君に影の自由を奪うことはできるかね?」
「さて、わかりません」
 できないとは答えなかった。
 伸びた重い瞼で隠されていた源三郎の眼が、カッと見開かれて瑠流斗を見つめた。
「わしは君が仕事を任せるに値する人間か試した。戦いを見たわしは君が絶対の自信を持っていることを知っておる。『わからない』と答えるのは謙虚とは言わんよ、傲慢じゃ」
 そう言われ、瑠流斗はなぜか口元を緩めた。
「ボクの通り名をご存知で?」
「?宵の明星?だそうじゃな」
「そう、宵の明星――ルシフェル」
「リュシュフェルはその傲慢な態度ゆえに天から堕とされ、輝ける栄光をも失った」
「本当にそうお思いで?」
 若者の口調は少し悪戯だった。
「どういうことかね?」
「あなたは夕焼け空を見たことがないのですか?」
「質問の意図がわからんな」
「空で輝く1番星は、いったい何です?」
「金星……ルシファーだ」
「ルシファー、ルシフェル、呼び方はいろいろあります。では、答えはおわかりでしょう?」
「輝ける栄光は失っていないと?」
「さて、どうでしょう」
「君はまったくの食わせ物だな」
 瑠流斗は静かに微笑んだ。
「では、あなたのご依頼はお受けいたしましょう」
「そうか、頼んだぞ」
 先に立ち上がったのは源三郎だった。その背中を瑠流斗は視線で追った。
 杖を突く音と、去って行く足音。
 姿を見えなくなってから、静かな夜に車のドアが閉まる音が聴こえた。そして、すぐにエンジン音が遠ざかって行った。
「良いエンジンの音色だ。さすがは大富豪であらせられる影山氏――と言いたいところだが」
 闇に潜んでいた殺意が、瑠流斗を目掛けて襲ってきた。
「ぐぎゃぁ!」
 闇の中に木霊する悲痛な叫び。それは瑠流斗の発した声ではなかった。なぜなら、瑠流斗は涼しい声をしていたからだ。
「手加を減させていただきました」
 すぐに咳き込む音が返ってきた。
「げほっ、げほっ……すまん、少し君を試すつもりじゃった」
「知っています。だから、その程度で済ませました」
 瑠流斗が話しかけている方向には闇が広がっていた。ベンチのすぐ後ろにある小さな林。その中に人の気配はまったく感じられない。
「それにしては瑠流斗君、今わしは死にかけたぞ」
「ですがあなたがボクの依頼人でなければ、殺しているところです。あなたもボクを本気で殺そうとしたのですから、お互い様です」
 そう言って瑠流斗は何も見えない闇の中に微笑みかけた。
 源三郎は闇の中でゾッとした。
 天使のような微笑であるにも関わらず、表情とは裏腹に魔性を孕んでいたのだ。
 天使でも、悪魔でもない、堕天使の笑み。
「君の実力はよくわかった。これなら君に依頼を任せても心配あるまい」
「ありがとうございます。あなたの息子さんを必ず殺してみせましょう」
 去ろうとする気配を瑠流斗は呼び止めた。
「待ってください。ひとつ忘れていました」
「なんだね?」
「あなたがボクを試したせいで、服がボロボロになりました。これは依頼料とは別に、のちほど請求させていだたきます」
 闇の中から咳き込む音が聴こえた。笑いを堪えて咳き込んでしまったのだろう。
「……わかった、ちゃんと弁償させてもらおう。ではな」
 去って行く気配は感じなかった。けれど、おそらくもういないだろう。
 一人残された瑠流斗は闇の中で神妙な顔付きをした。
「影が動けば本体も動く……ではないのかもしれないな」
 それは自然の摂理のはずだった。
 暗い公園を瑠流斗は静かに歩きはじめた。
 こんなところで時間を潰している暇はない。なぜならば、瑠流斗はまだ夕食の買い物すらしていないからだ。
 深夜まで開いているスーパーに行くには、少し遠回りで帰路に着かねばならなかった。