小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

ルナティック・ハイ

INDEX|10ページ/17ページ|

次のページ前のページ
 

影踏み05 フェイスオフ


 救急車は最寄の病院ではなく、少し離れた個人病院――李外科に辿り着いた。
 ここまで瑠流斗が追ってきた理由は勘だった。長い年月の間に培ってきた第六勘。人間よりも動物に近い、いやそれ以上の超感覚。
 ロビーから入れば小さな病院だ、すぐにこちらの動きが相手の耳に入るだろう。
 瑠流斗は通気口から侵入することにした。
 薬品や血の香りを鋭く嗅覚で感じ、その中に瑠流斗は偽雄蔵の臭いを感じていた。
 静かに身を潜めながら、裏路地のような入り組んだ路を進む。静かな病院内は少しの物音でも響いてしまう。 
 路の先に明かりが見えてきた。偽雄蔵の臭いが強くなった。ここが終点のようだ。
 柵状の隙間から中の様子を探る。
 看護士たちが手術の準備をしているようだった。手術台に寝かされているのは、やはり偽雄蔵。そして、なぜか手術台は2つ――もう1人男が寝かされていた。
 出頭医が手術室に入ってきた。どうやら2人いるらしい。
 死んでいる人間にしては、大掛かりな手術のようだ。
 手術台に2人いるということは、移植と考えて間違いないだろう。しかし、なにを移植する?
 メスは男の顔に入った。行なわれた手術は顔面移植手術だった。
 この手術がはじめて世界で成功したのは、およそ18か19年前のフランス。15時間に及ぶ手術で顔の下半分が移植された。歳月の経った今では、顔全体の移植も容易となり、手術時間も大幅に短縮されている。
 顔面移植とは、単純に皮膚を移植すればいい話ではない。それは顔面移植とは言わない。皮膚組織、筋肉、動脈から静脈に至るまで、骨以外を移植しなくていけないのだ。
 数時間に及ぶ手術を瑠流斗は身動き一つせず見守った。
 死亡した偽雄蔵の顔と移植先の男の顔は、別々の医師によって同時に切り離された。
 手術の間、魔導医が出血と血圧低下を抑えるため、移植先の男に念を送っている。
 完璧な顔の複製をするために、骨格も弄られているようだ。
 効率よく手術は運んだが、それでも数時間、ついに手術は完了した。
 新たな偽雄蔵が運ばれていく。おそらく特別病棟の集中治療室かどこか、術後の安定が見られるまで隔離状態だろう。
 手術の出来に興味が湧いた瑠流斗は、通気口を辿って新偽雄蔵の臭いを探った。
 すぐに新偽雄蔵が眠っている個室を見つけ出した。
 ビニールシートで囲まれたベッドで眠る新偽雄蔵の姿が、通気口の隙間から見ることが出来た。おそらく今日は目を覚まさないだろう。
 病室には医師と看護士が2人。点滴の準備などをしながら、患者の様子を観察している。
 医師が深く頷いた。どうやら手術結果は良好らしい。
 扉が閉まる音がして、医師たちが消えた後に、瑠流斗は通気口を開けた。病室に降り、眠りに付く新偽雄蔵を観察する。
 顔全体に包帯が巻かれ、その上から呪符が貼られている。おそらくこの呪符は、治癒力を上げる効果と、移植による拒絶反応を抑える効果がある。
 部屋の外から気配がした。廊下を歩く靴の音は――おそらく男の歩き方だ。瑠流斗はすぐにロッカーの中に身を潜めた。
 瑠流斗は耳に神経を集中させた。入って来た足音はひとつ。ベッドの前で止まった様子だ。
「手術は成功したかね?」
「はい、完璧です。あとは手術痕が薄くなれば人前に出られるかと」
 入って来た足音はひとつ。なのに声は二重音声だった。
 寝ていたはずの新偽雄蔵がしゃべったのか?
 それとも別の誰かがいるのか?
 瑠流斗は気配を探った。生き物の気配はなく、霊的な気配も感じない。だが、微かになにかの気配を感じる。
「どのくらいでこいつは人前に出られそうだ?」
「1週間もあれば十分かと、薄っすらと残る傷痕はメイクで誤魔化せるでしょう」
「そうか、1週間なら海外に出張ということで片付くな。包帯を取る日になったら、また連絡をくれ」
「はい、わかりました」
 瑠流斗の張り巡らされた思考は一点に集約した。そして、瑠流斗はロッカーを飛び出す。
「影山雄蔵だね?」
 その問いかけをした一瞬、今までなかった気配がした。
 瑠流斗は瞬時に辺りを見回した。医師、偽雄蔵、そしてドアに写る人影。
 ドアが開き、足音もさせずに影が逃げた。
 逃げた影を追いながら瑠流斗は呟く。
「やはり父親と同じ体質の持ち主か……」
 人影は廊下の角を曲がり、瑠流斗もすぐに後を追った。
 姿なき逃亡者。確認できるのは影のみ。だが、角を曲がると影すらも消えていた。
 気配はどこだ?
 人間の気配、死者の気配、多くの気配が混在して、影の気配が掴めない。
 まんまと逃げられた。だが、もうひとりは逃がさない。
 瑠流斗は病室に急いで戻った。病室の中を確認すると、すぐに別の場所に走った。
 大雨が降る野外駐車場。
 白衣を着たままの男が車に乗り込もうとしていた。傘すら差していない焦りようだ。この医師は雄蔵と病室で話していた男だ。
 音もさせず瑠流斗は医師の背後に立った。そして、後頭部に銃口を突きつけた。
「下手な真似をしないことが長生きの秘訣だよ」
 医師はゆっくりと両手をあげた。
 そのまま瑠流斗は医師を車に運転席に押し込み、自分は助手席に乗り込んだ。
「シートを濡らして申し訳ない」
 そう言いながら、銃口は医師に向けられたままだ。
 医師は怯えて瑠流斗と顔を合わせようとしない。
「わ、私になんの用だ?」
「本物の影山雄蔵氏と話していましたね?」
「知らん!」
「惚けるだけ時間の無駄だよ。あれは絶対に影山雄蔵だ。ボクは彼の祖父に1回だけ会ったことがある……まるで同じだ」
 固い唾を医師が咽喉を鳴らしながら呑み込んだ。
 医師は黙り込んでしまったので、仕方なく瑠流斗は話を続ける。
「雄蔵本人が君と会っていたということは、それなりの深い関係と見ていい。ボクが思うに雄蔵本人と会うことができるのは、極僅かな人間しかいないはずだ。顔面移植手術の手並みを見せてもらったけど、君はなかなかの名医だね。もしかして、雄蔵の主治医かな?」
 瑠流斗の耳には医師の鼓動が聴こえていた。明らかに心臓が脈打つ速さが変わった。
 やはり医師はなにも答えなかった。
 銃口がこめかみに付いた。
「黙秘ばかりだね。君はなぜ医者になったんだい? 早死にするためじゃないだろう」
 銃口は瞬時に下に向けられ、医師の太腿を撃ち抜いた。
「ギぃ!」
 歯を食いしばる医師。
 まだ口を閉ざそうとする医師に瑠流斗はため息を吐いた。
「動脈は外したし、病院はすぐそこだ。ボクは殺し屋だけど、人を殺さない術も心得ていんだ。銃弾はあと5発あるよ?」
 医師は出血する左太腿を押さえたまま、口を固く閉ざしてしまっている。
 瑠流斗は銃口を右太腿に向けた。
「下面打通右脚!」
 返事はなかった。そして、予告どおり右脚を撃ち抜いた。
「あと4発だよ。両手の甲を撃ち抜こうか?」
「……わかった、何でも話す」
「最初から素直に話してくれれば2発も撃たれずに済んだのに」
「煙草を吸ってもいいか?」
「どうぞ」
 医師が口に煙草を加えると、瑠流斗はZIPPOを出して火をつけた。
 少し落ち着いた表情をする医師。
「お前の言うとおり、私は影山氏の主治医だ。なにが聞きたい?」