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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ルナティック・ハイ

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「彼は人間ではない。いや、人間とは呼べないね……影だから。彼は影だ、影が独立した存在として活動しているらしい」
「そうだ、影山氏の正体は影だ。だから人前にでることができず、偽者を使って会社を運営している」
「その辺りまでは全部知っているよ。問題は影ではなく本体、つまり肉体はどこにあるのかということさ」
「影山氏の一族は生まれたときから影だ」
「ふむ、先祖を遡って調べたい事柄だね」
 影山雄蔵の真の姿は影。肉体を持たない影。生まれたときから影だというのだ。
「しかし、今はそれよりも知りたい事柄がある。影山雄蔵の連絡先だよ。はい、ケータイを出して」
 瑠流斗は医師に向かって手を出した。
 おもむろに医師がケータイを出そうとした瞬間、強い殺気が車内に満ちた。
 瑠流斗は瞬時に振り返ったが、間に合わない!
 咄嗟にガードした腕が闇色の刃物で斬られてしまった。
 瑠流斗の腕から黒い血が噴き出る。斬られたのは瑠流斗ではない。瑠流斗の影だ。
 黒い影は瑠流斗の真横を抜け、医師の心臓に闇色の刃物を突き刺した。
 瑠流斗が影を掴もうと手を伸ばす。だが、厚みを持たない影は、難なく車外に逃げてしまった。
 影はおそらく影山雄蔵。まだ近くに潜伏していたのだ。
 医師が持っていたケータイが消えていた。
 瑠流斗はすぐに車外に飛び出すが、動く影は見当たらない。
 大雨の中、瑠流斗の腕から流れる黒い血が、地面に堕ちて墨汁のように広がる。
「実に不愉快だ。ボクにこんな傷を負わせるなんて、ただじゃ置かないぞ」
 腕の傷は一向に塞がることなく、血の勢いも留まることを知らなかった。

 ミヤ区某所の大邸宅に瑠流斗は来ていた。
 ボディチェックをした男は瑠流斗の格好に少し変な顔をした。だが、そのまま瑠流斗はもっとも奥の部屋へと通されることとなった。
 光がまったく届かない部屋。明かりもつけずに、そこに潜む者は……?
「なんのようじゃな?」
「息子さんに不意を衝かれました」
 互いの顔すら見えない闇での会話。いや、瑠流斗の相手には最初から顔などないのかもしれない。
 瑠流斗は影山源三郎の大邸宅に来ていた。おそらく、目の前にいるのは源三郎本人。闇に紛れてなにも見えないが――。
 源三郎は低く笑った。
「その格好はなんじゃ?」
 闇の中にあっても、相手には瑠流斗が見えているらしい。
「ですから、息子さんに不意を衝かれました」
 闇の中でわからないが、瑠流斗は片手にバケツを持っていた。一向に治まらない血を、そこに溜めているのだ。
「以前にあったときよりも、顔色も優れないようじゃな」
「慢性的な貧血です。この腕から流れる血が治まらない限り、ボクは常に疲労と貧血に襲われることになるでしょう」
「病院には行ったのかね?」
「病院よりも、ここに来るのが確実だと思いまして、参上いたしました」
「賢明な判断じゃ」
 瑠流斗は脅威の自然治癒力を持っている。物理攻撃よりも、魔法攻撃が直りにくく、特別な魔法などの類となるとなおさらだ。
 しかし、今回の場合はその治癒力が仇となった。
 血がいくら流れようと死ぬことはなく、常に流れた分の血が躰で製造される――瑠流斗の体力を奪いながら。無から有は創れない。血を作るためには瑠流斗の躰にあるエネルギーが必要なのだ。
「お話し中、申し訳ありませんが、少し無作法なことをさせていただきます。このままでは顔がやつれてしまうので」
 と、瑠流斗は言って、バケツの中に手を突っ込み、中に入っていたコップで血を掬った。
 そして、それが当然の行動のように飲んだのだ。一滴たりともムダにせず咽喉に流し、バケツの血が浅くなったところで、手についた血も全て舐め取った。
「これでしばらく大丈夫です」
 暗闇の中で瑠流斗は静かに微笑んだ。
 血を作るためにはエネルギーを摂取せねばならない。流れた血を呑むことによって、循環させているのだ。
 瑠流斗は事を終えて話を続ける。
「ボクが訊きたいことはただひとつ。この傷を治す方法です。このままでは普段の生活に支障が出てしまいます」
「その傷は物理的な方法では治せんよ。縫い合わせても、なにをしても徒労に終わる」
「では魔導医に頼めと?」
「それも無理じゃな。その傷はお前さんの影が負った傷。影が負った傷は、影を治療せにゃならん」
「ふむ、ではさっそく貴方に治療をお願いしたいと思います」
 影が負った傷は影にしか治せないと、瑠流斗は判断したのだ。
 だが返ってきた答えは――。
「無理じゃ」
 切り捨てるような答えだった。
 コップに注いだ自分の血を呑み、一息ついた瑠流斗が尋ねる。
「なぜです?」
「道具がない。影を治療するには、影の道具は必要なのじゃよ」
「理にかなっていますね。その道具はどこに行けば手に入りますか?」
「以前はわしが所有しておったのじゃが、雄蔵に盗まれてしまった」
「予備はないんですか? それともそれを作っている人を紹介してもらえるとか?」
「予備はない。道具を作れる技術も持った者も、現世には存在しておらん」
「そうですか、参考になりました。それでは失礼します」
 成果はほとんどない。結局は雄蔵を探さなくてはいけないということだ。
 しかし、瑠流斗は雄蔵を探すことを中断して、別の場所に向かうことにした。
 源三郎の大邸宅を後にした瑠流斗は、片手にバケツを持ったままタクシーに乗り、瑠流斗の主治医がいる病院に向かった。タクシーの中でも幾度となく血を呑み、バックミラー越しに見る運転手の顔が不気味そうだった。
 ホウジュ区の奥にある個人病院。見た目は寂れているが、人の出入りが激しい病院だ。
 診察室に通され、簡単な診察をしたあとに瀧沼医師が言った言葉は、
「切断して、サイボーグの腕を取り付けるか?」
 だった。
 瑠流斗は呆れたようにため息を吐いた。
「それでもボクの主治医か……腕を切断したところで、ボクの腕は再生する。機械化した部位は邪魔者でしかありえない」
「ならば、切断すれば傷も消えるのではないか?」
 サングラスをした瀧沼は平然と言った。
「それはもうやったよ。腕を斬ったら、傷口ごと再生しただけだった」
「ではなぜここに来た?」
「ここが病院だからだよ」
 もっともな言い分だった。
 主治医とは言うが、瑠流斗がここに来ることは稀だ。負傷してもすぐに治る。大抵の傷や病気ではここに来る必用がないからだ。けれど、来る時に限っていつも難題を抱えてくる。
 瑠流斗の要求はこれだ。
「出た血をバケツではなく、体内に直接戻す機関が欲しいんだ。躰に針を突き刺すような輸血ではダメだよ。針はボクの躰からすぐに排泄されてしまうからね」
 例えば、瑠流斗の銃弾が躰に残っていた場合、それは自然に体外へ排出される。輸血ようの針を手首に刺しただけでも、針は自然と外に排出されてしまうのだ。腕をサイボーグにしても同じ現象が起こる。絶対的な治癒力を持つ弊害なのだ。
 そのため、傷口を縫うことも不可能だ。そもそも、この傷は縫っても塞がることはない。
 診察の最中も瑠流斗は自分の血を飲んでいた。これではろくに戦うこともできない。