機械人形アリス零式
アリス観光ガイド04
イーストビルの46階から50階に上がり、アリスは連絡通路に向かった。
ウェストビルはいまだシャッターが下ろされ、行き来できるのは目の前にある階段のみ。
上に行くか下に行くか。
上に何かがあるとアリスは判断した。彼女の超感覚が、人間では成し得ない計算をし、人間で言うところの胸騒ぎを覚えたのだ。
アリスは靴についていたダイヤルを回し、魔導型ジェットブーツのスイッチを入れた。
一度の跳躍で踊り場までジャンプし、折り返しで身体の向きを変えて、次のジャンプで次の階に上がる。
階層を上げながら、アリスは周知を見渡し以上がないかを調べる。人々とすれ違い、なにもないまま階層が上がっていく。しかし、アリスの胸騒ぎは階層が上がるごとに強くなっていた。
99階まで上がったとき、アリスは壁にもたれ掛かりながらしゃがみ込む男を発見した。ただ休んでいるのではないことは一目瞭然だった。男はわき腹を強く抑え、額から大量の脂汗を滲ませている。押さえられた手の指先からは、紅い鮮血が滲み出している。
「大丈夫でございますか?」
「……う……うぅ……」
口をパクパクさせるが、声が声にならない。重症を負った男は行き絶え絶えで意識はあるものの、アリスの問いに答えることはできなかった。
「コード011――〈メディカル〉召喚[コール]」
アリスは救急医療セットを召喚し、手早く男の傷口を消毒、縫合を行い、ガーゼとテープで傷口を塞いだ。
「応急処置でございます。救急隊の手配は行いましたので、安静にしていてください」
男の手術をしながら、アリスは自分の身体に内蔵された通信機で、イーストビルに待機している救急隊と連絡を取っていたのだ。
背を向けて再び階段を上り始めようとするアリスに、手術をしてもらった男が消え入りそうな声で投げかけた。
「……上に行くな」
「ご忠告ありがとうございます」
軽く会釈をして、アリスは男の忠告を無視して上へと足を進めたのだった。
上の階に向かう途中から、アリスの嗅覚はある不快な臭いを感知していた。血の臭い。それは立ち込める血の臭いだった。
100階の階段フロアについたアリスは冷静な表情で辺りを見回した。
片方だけ残されたハイヒール。
置かれたままの鞄。
身体から血を流しながら横たわっている人々の屍体。
この場の生存者はゼロとアリスは判断した。
屍体の数はざっと10体。惨殺事件をこの場で起きたのは明らかだ。
しかし、なぜ?
100階は隣のビルとを繋ぐ連絡通路がある階だ。
この場には強風が吹き荒れており、不審に思ったアリスは階段を出て、連絡通路に向かおうとしたが、そこには連絡通路がなかったのだ。
ビルに空けられた穴。そこには連絡通路があるはずだった。それがないのだ。連絡通路は何者かに破壊され、壁に開いた穴からは外の景色が眺められ、そこから激しい強風がビル内に吹き込んでいた。
アリスは階段に戻り、辺りを探索した。先ほどから目をつけていた屍体があるのだ。片腕のない不自然な屍体が――。
その屍体は防火シャッターのすぐ横に横たわり、まるでそのシャッターにはさまれたように肘から先の腕が消失していた。問題は挟まれたのが生前だったのかどうかだ。この屍体にはもうひとつの外傷があった。心臓付近に開いた直系20センチほどの穴が、背中まで貫通していたのだ。
アリスは一つの仮説を立てて、防火シャッターの前に立った。この先に行かなければならない。問題は、この防火シャッターを壊さなければならないということだ。
通常の防火シャッターであれば、アリスの〈コメット〉などで破壊が可能だ。この防火シャッターが普通の物と違う点は、その壁に幾何学的な紋様が刻まれていることだった。通常火災以外からの?炎?を防ぐために造られたこのシャッターには、魔導コーティングがされていたのだ。
アリスが使用する武器は動力などを魔導に頼る物が多く、ロケットランチャーの〈コメット〉は魔導弾を発射して標的を破壊するのだった。
もちろん魔導コーティングは全ての魔導攻撃を防ぐわけではない。耐久度を越える攻撃を加えられるか、物理攻撃によって破壊することは可能だ。
内蔵されたエネルギー炉の残量値を計算し、アリスは悩んだ。
エネルギー残量は10000E分の500Eほど。
この防火シャッターを壊すほどの攻撃を加えられるのはアリスの魔導コード〈メルキドの炎〉。この魔導は100パーセントの解除率で10000Eを消費する。扉を壊すには2パーセントほどの解除率で足りるだろう。しかしそれでも、200E消費してしまうのだ。
敵の存在がどこかにいる中、遭遇時に対処するエネルギーを残しておかねばならない。
「コードΩアクセス――〈メルキドの炎〉2パーセント限定起動」
シャッターに向けられたアリスの手に燃え盛るように渦巻く魔導が集まる。
「昇華!」
アリスの金色の髪が宙を泳ぎ、魔力を孕んだ風が巻き起こる。
刹那、シャッターに向かって放たれた業火は魔導コーティングを魔導反応を起こし、空間を歪曲させる。
200Eでは少し魔導力が不足したか!?
しかし、アリスの計算に狂いはなかった。
硝子が弾け飛ぶような音がし、歪曲した空間が元に戻り、防火シャッターに直径1メートルほどの穴が開いた。開かれた穴の部分は、金属が溶けたように、熱を持ったまま真っ赤に光っている。
焦げた臭いに混じり、シャッターに穴が開いた瞬間、その内から嫌な臭いが流れ込んできた。この場所よりも強い血の香りだ。
穴の奥を覗き込んだアリスの表情は無表情を保っているが、その奥の光景は地獄絵図。人の山が気づかれ、床には血の海ができていた。こちら側の数倍の人数が全て屍体となってそこにはいた。
開かれた穴に飛び込み、アリスはウェストビルに進入した。着地したときに床に触れた手が紅く染まり、無表情のアリスの顔に不快の色が落とされた。
シャッター付近の屍体の山から、アリスは自分の立てていた仮説の実証に一歩近づいた。シャッターは一度閉じられて、開き、再び閉じられたのだ。
イーストビルは停電に見舞われていたが、こちらは電気が通ったままになっている。システムは稼動を続け、停電により外部システムとの切断ではなく、自主的に外部システムを遮断し、内部システムは稼動したままということを示す。
ウェストビル内はまさに地獄と化していた。歩くたびに屍体がそこら中に転がっているのだ。100階にいた全員がすでに殺されているのかもしれない。
物音を感知したアリスはゆっくりとその方向へと近づいた。
帝都銀行ミナト区ツインタワービル支店。この場所にアリスは生命反応を感知したのだった。
中継カメラは硝煙の中で魔導アーマーを捜し求めた。
ウェストビルから発射されたミサイルを撃破したゼクスはすでに、ウェストビルの屋上にいた。
魔導アーマー参號機から降り、ゼクスは強風吹き荒れる屋上で真っ赤な三つ編みを風に靡かせていた。などとカッコいいようにはいかず、床に這いつくばりながら強風に耐えるゼクスの姿がそこにはあった。
眼鏡の奥の瞳は必死そのもので、白衣が強風によって虫の羽音のような激しい音を立てる。
作品名:機械人形アリス零式 作家名:秋月あきら(秋月瑛)