機械人形アリス零式
真の脳は直接機械に接続されているため、外見上は作業をしているようには見えない。しかし、このとき真は、膨大なデータ量を高速で処理している。この処理能力は帝都政府が持っているスーパーコンピューターオメガに匹敵するのではないかと噂されているのだ。
作業は数秒で終った。
「いないな」
「いない?」
聞き返したのは夏凛だ。
「いないってどういうことぉ?」
「少なくともイーストビルにはいない。そして、ビルの外に出た痕跡もない」
つまり、忽然と異空間に消え去ったか、それとも――?
アリスが回答を出す。
「ウェストビルに入った可能性があるということでございますね?」
「その通りだ。現在あの場所は外部とのネットワークを完全に遮断している」
「ありがとうございました。では、わたくしはウェストビルの捜索に参ります。お手数ですが、草太様がイーストビルに現れた場合は、わたくしの通信システムにアクセスして教えてください」
《こういう感じでアクセスすればいいかな?》
《はい、このアクセス方法でお願いいたします》
知らないはずのアリスの通信コードに難なく真はアクセスしたが、アリスは驚くことなく会話をした。
会釈をして背を向けて出て行くアリスの肩を夏凛の手が掴んだ。
「ちょっと、アタシも行くよ」
「お気持ちだけで結構です」
アリスは足早に部屋を出て行った。
残された夏凛はコロッと態度を変えて振り返った。
「真ク〜ン、ところでー、報酬はいつくれるのぉ?」
「な、なんだとー! あいつが真犯人だったのか!?」
「もしかしてトリップしちゃった?」
「まさか、あの執事がすでに殺害されていたとは……カボチャ男爵おそるべし」
頭にかぶった装置によって、真は帝都のありとあらゆる情報を瞬時に検索し、映像として取り出すことができる。今もどこかにアクセスして情報を見ているに違いない。きっとドラマかアニメだろう。
「真ク〜ン、帰還してくれるかなぁ」
「なにぃぃぃぃっ! 臨時中継だと!!」
トリップをしていた真が現実に帰還した。真が見ていた映像に臨時中継が割り込んだのだ。
「臨時中継?」
「帝都政府のエージェントがウェストビルに向かっている。ほう、これは下手なアニメよりおもしろい」
「なになに?」
「〈ワルキューレ〉の引きこもりオタクが現場に向かっているらしいな」
「もしかして、開発顧問のゼクスが!?」
「うむ、あいつが公の現場に出るのは珍しい。政府も人手不足なのか、現場がウェストビルだからなのか」
帝都政府のエージェント〈ワルキューレ〉。〈ワルキューレ〉はコードネームで呼ばれ、1〜9番までのエージェントがいる。その中のひとり、引きこもりオタクとあだ名されるのがゼクスだ。
真によって操作された機器が動きだし、夏凛の前にホログラム映像が投影された。映し出された映像は、帝都公園内の映像だった。
すでに規制が敷かれ、ツインタワーは関係者以外の出入りを規制し、報道陣はツインタワーに近づくことができずにいた。それでも、鮮明なズーム機能によって、ツインタワーの映像が配信されていた。
外から見るウェストビルは窓ガラスが全て防護壁に覆われ、それはまるで天を衝く鋼の塔のであった。
ウェストビルを映していたカメラが横に振られ、空中を映し出した。その画面は徐々にズームをし、空を飛ぶ謎の物体を映し出す。
異様な物体を一言でたとえるなら――ロボット。人型のそれは、寸胴で足は短く、その割りにアーム部分は長く、手はグローブをはめたような形をしている。頭に当たる部分には半球状の物体が黒く光っていた。シルエットだけなら、まるで腕の長い土偶のようだ。
ロボットはウェストビル付近の上空で静止し、内蔵されていた巨大メガホンを両肩から出した。
「ウチの大事なウェストビルを占拠したあふぉーどもに告ぐ、さっさと降伏せんと痛い目みるで!!」
若い女の声が大音響で当たりに鳴り響いた。騒音公害だ。
この謎のロボットは有人で、中に乗っている人物こそがゼクスだった。
乗っている機体は、古代の超科学と魔導を駆使して開発された魔導アーマー参號機。全長3.5メートルの機体には、過去と現在の科学と魔導の粋が詰め込まれているのだ。
報道によると、ウェストビルを占拠した犯人側から要求があり、その要求というのが帝都にいる服役犯を全て開放しろとの無茶な要求だった。ウェストビルにいる人質たち助けるのと、服役している犯罪者たちを街に放つのと、数字だけで言えば犠牲者の数は犯罪者たちを街に出すほうが遥かに多い。だからといって、ウェストビルにいる人々に犠牲になってもらうのは政治的にも倫理的にも悪い。
にしては、ゼクスの態度は交渉をしに来たのではなく、あきらかに挑発的な態度であった。
「帝都の犯罪者を解放せいなんて無茶な要求通るかあふぉ! そないなことはじめっからできんと踏んで要求して来たんやろ、本当の目的を言え!」
挑発を続けるゼクスの魔導アーマーの通信機に何者かがメッセージを送信してきた。
《我々ノ目的ハ同志達ノ開放ダ。要求ニ応ジナイノデアレバ、1時間ゴトニ100人ズツ処刑ヲ実行スル》
機械による合成音のため知ることはできないが、ゼクスの機体に直接メッセージを送れる技術力を持っていることはわかった。さすがはツインタワーを占拠しただけのことはある。
《手始メニ、貴様ヲ殺シテヤル》
どうやってゼクスの乗る魔導アーマーに攻撃を仕掛ける気なのか?
帝都公園内に犯人の仲間が待機しているのか?
閉ざされたビル内からの攻撃は不可能だ。
しかし、ゼクスはウェストビルから攻撃が来ると踏んだ。
ウェストビルの屋上には、空からのテロを防ぐために設置された対空ミサイルがあることをゼクスは知っていた。
案の定、屋上に設置されていたミサイルが稼動し、照準を魔導アーマーに定めた。
ミサイルが発射された瞬間、零コンマ秒の速さで魔導アーマーが変形した。
腕と脚が胴体に収納され、変わりに両腕と両肩から円柱の筒が4本飛び出した。その先端部分にはミサイルが3つずつ、合計12発装填されていた。
コックピットで操縦桿を握っていたゼクスがスイッチを押しながら叫んだ。
「魔導ミサイル発射!」
ウェストビルから発射された対空ミサイルに12発の小型ミサイルが真正面から向かう。
報道のカメラは地上からその映像を撮影していた。しかし、ミサイル同士が激突した瞬間、爆音がお茶の間に鳴り響き、画面は急に閃光と煙に覆い隠されてしまった。
果たしてミサイルは?
ゼクスを乗せた魔導アーマー参號機は?
作品名:機械人形アリス零式 作家名:秋月あきら(秋月瑛)