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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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機械人形アリス零式

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 それは彪彦の仕業だった。大きな口を開けた魔鳥の中へアリスが吸い込まれる。抵抗すら許さず、瞬時のうちにアリスが吸い込まれた。
 急に血相を変えたセーフィエルが氷の瞳で〈彪彦〉を射貫こうとした。
 だがしかし、彪彦は悠然とその場に立ったまま、余裕の表情でセーフィエルを見下していた。
「何をする気ですかセーフィエルさん、わたくしは亡霊から貴女を救ってあげただけですよ。所詮、あんな物は偽物に過ぎません。わたくしの後ろにいる者が本物でしょう。この本物をどうするか、全てはわたくしが握っています。貴女の行動ひとつで、アリスさんの運命は変わるのですよ、おわかりですよね貴女なら?」
 依然、本物のアリスは人質にされたまま。
 機械人形ですらあんなにも我を失うセーフィエル。もしものことがあれば尋常でいられる筈がない。
 もはや〈彪彦〉の言うなりになるしかなかった。
「わたくしの目的は一貫として変わりません。〈裁きの門〉を開き、そのさらに奥、〈タルタロスの門〉の先にいるあのお方の復活。そこまでできずとも、あのお方の力が?こちら側?に影響するようにしてもらいたい」
 それが意味することをセーフィエルは熟知している。
 幾星霜にも及ぶ戦いの歴史。
 〈楽園〉を堕とされた双子の飽くなき闘争。
 いくつの種族を滅ぼし、いくつの文明を滅ぼし、いくつの世界を創るのか?
 魔導によって栄華を極めようとしている帝都エデン。この都市もまた過去の文明と同じ末路を辿るのだろうか?
 彪彦はゆっくりとゆっくりとセーフィエルに近づいた。
「妹を救うためなら、貴女はこの世界がどうなろうと構わない筈ですよね。すでに娘さんはこの世界に解き放たれたらしいですね、貴女の策略によって。女帝のインペリアルガードの永久欠番――ノイン。本名はシオンさんでしたね。
 貴女のしたことは、はじめのうちはこちら側に有利なことでしたが、最終的には想像を超えた痛手となりました。元はと言えば貴女のせいで、あのお方はこちら側に影響を及ぼせなくなってしまったのです。最大の枷が外れたというのに、あのお方を封じる力はさらに強くなってしまいました。もしかして、そこまで貴女の策略なのでしょうか? だとしても今度は不穏な企みなどしないようにお願いしますよ。人質がいることを決してお忘れなく」
 ガラスの棺で眠る?アリス?。そして、〈彪彦〉に呑まれたアリスはどうなってしまったのか?
 全ては〈彪彦〉の手の内に――。
 幽鬼のごとくセーフィエルが立ち上がった。
「貴方の話を聞き入れるわ。〈闇の子〉の復活……世界の終焉まで付き合いましょう」
 彪彦はサングラスの下で微笑んだ。
 だが、そのときどこからかか声が!
「いけませんセーフィエル様!」
 その声は……〈彪彦〉の体内から、アリスだ、それはまさしくアリスの声だった。
 急に〈彪彦〉が苦しみだし、壊れたブリキ人形のように、ぎこちない動作で床を転げ回った。
 大きく開いた嘴から吐き出されるアリス。
「セーフィエル様、早く本物のわたくしを救ってください!」
 アリスに何が起きたのか?
 いや、何にアリスは目覚めたのか?
 そこにいるアリスは何者か?
 考えている猶予はなかった。
 夜風が人の背を凍り付かせる速さでセーフィエルは移動した。
 ?アリス?が眠るガラス管の前にはシュヴァイツの姿。だが、彼は何食わぬ顔で道を開けた。
 床でもがく彪彦が叫ぶ。
「シュヴァイツさん、貴方って人はッ!!」
 怒号の主とは視線を合わせず、シュヴァイツは口笛を吹きながら天井を見上げていた。
 セーフィエルの手がガラス管に触れた。
 尋常ではない空気の揺れ。
 羽ばたいた〈彪彦〉がセーフィエルを止めようと飛翔する。
「空間転送などさせるものですかッ!」
 〈彪彦〉の躰がアリスによっ鷲掴みにされ、宙を引きずられるように投げられた。
 セーフィエルを中心として空気の波動が多くを薙ぎ払った。
 時空が揺れる。
 まるで蜃気楼を見ているような景色。
 セーフィエルがアリスに手を伸ばした。
「掴まりなさい!」
 伸ばされたアリスの手。だが、その手をセーフィエルが掴むことはできなかった。
 泥を撒き散らし床を這う〈彪彦〉がアリスの足首を掴んだのだ。
 引きずられるアリスの瞳が大きく見開かれる。
 セーフィエルの指先とアリスの指先が軽く触れた、その刹那。
 衝撃波が巻き起こった。
 泥人形が四散する。シュヴァイツは強風を受けて壁に叩きつけられた。
 消えたセーフィエルと?アリス?の眠る硝子の棺。
 そして、この場には機械人形アリスの姿もなかった。

 嵐の夜。
 街に墜ちる閃光。地面を打ち付ける豪雨。吹き荒む狂風が耳を塞ぐ。
 深夜の街を傘も差さずに歩く男がひとり。
 稲光がその男の顔を照らした。
 陶磁器のように白い肌。浮かび上がる紅い唇。
 白銀の髪から雫がいくつもこぼれ落ちる。
 そして、男から足下から辿って来た道を示す朱い印。男の流した血の朱だった。
 抉られた腹、失われた手首、流れる血は地面に軌跡を描いていた。
「あれは何者だ……?」
 呟く声は鋼の響き。そして、氷のような冷たさ。
 再びどこかに墜ちた落雷による閃光が男の全身を輝かせた。
 はだけた胸に刻まれた巨大な十字の刺青
 男の職業は殺し屋だった。胸に十字を刻む殺し屋は帝都にただひとりしかしない。
 宵の明星?ルシフェル?の通り名を持つ――瑠流斗[るると]。
 足を引きずりながら歩く瑠流斗の視線の先に、雨に打たれ地面に俯せに倒れている人影を見つけた。
 近づくとそれが少女だとわかった。
「屍体か……ちょうどいい君の血を……ん?」
 瑠流斗は足先で少女の躰をひっくり返そうとして気づいた。
 想像以上に重い躰。
「人間ではなくオートマタか。そんなことにも気づけないなんて、疎ましい雨だ」
 瑠流斗は力を込めて機械人形の躰をひっくり返した。
 蒼い瞳を見開いたまま、その機械人形は天を仰いで機能を停止させていた。
 瞳の横を流れる雨粒がまるで涙のように……。
「そうか、君も捨てられたのか。君はどんな罪を犯した? それとも邪魔になって捨てられただけかい?」
 不意に瑠流斗は苦笑した。
「嫌な雨だ……感傷的になる」
 しばらく間、瑠流斗は雨に打たれたままその場に佇んでいた。じっと機械人形の少女を見つめ、その瞳を見つめながら佇んでいた。
 どれくらいの時間が流れたのか。
 すっかり躰は凍え、瑠流斗の失った手首から墜ちていた血も止まっていた。
 そして、瑠流斗は機械人形の少女を抱え上げ、深い闇に向かって歩きはじめた。
 それが新たな物語への序章。
 雷鳴と共に誰かが其の名を叫んだ。
 ――アリス。
 失われしアリスを探すその声は、嵐の夜に熄えた。

 失われしアリス(完)