機械人形アリス零式
「貴方のほうがよっぽど可哀想ですがね」
二人が言い争いをしている間にアリスは先に進んでいた。
慌ててシュヴァイツが踏み出そうとしたが、絵柄に足を付けそうになってピタッと止まった。
「5枚のタイル……スペードのエースだけど……アリス君どこを踏めばいいか教えてくれるかな?」
「最初は1ペア、次は2ペア、スリーカードと順番に踏んでください」
「遊び心があるね」
1列目と2列目に共通した数字は?1?だった。
彪彦はシュヴァイツの肩に留まった。
「これで空を飛ぶことにならないでしょう」
「人の肩借りるなら、お願いくらいするべきだよ」
「ではよろしくお願いします」
「はいはい」
シュヴァイツはスペードのエースを踏んだ。次にハートのエース。
順調にタイルを踏んでいく。
いち早く扉の前まで来たアリスは次の部屋に消えてしまった。
「アリス君、置いていくなんて酷いなぁ」
急いでシュヴァイツはアリスの後を追った。
最後のロイヤルストレートフラッシュ。
「止まりなさい!」
突然、彪彦が声を荒げた。
が、遅かった。
シュヴァイツはタイルを踏み、
「何も起きないけど?」
と、不思議な顔で尋ねた。
「そのタイルはフェイクですよ、残りの列の数を数えてください」
「踏んでもトラップは発動してないけど?」
「まだ間違った数字を踏んでいないからですよ。でもご覧なさい、残りの列はいくつですか?」
残る列は2列。踏んだタイルは?ハートのQ?と?ハートのJ?の2枚。
シュヴァイツはハッとした。
「イカサマじゃないか!」
「違いますよ」
「だって1枚足りないじゃないか」
「残る1枚は目の前の扉なのですよ、ちゃんと見てください」
扉に描かれた道化師の絵。よく見ると?JOKER?とは掛かれておらず、?J?とのみ、そして道化師の心臓の位置に?ハート?のマーク。
「やっぱりイカサマじゃないか!!」
シュヴァイツは口に手を当てて難しい顔をした。
次のタイルは?ハートのキング?で間違いないが、問題は最後のタイルだ。
一歩進みシュヴァイツは足を止めた。
「踏んだらどんなトラップが発動するんだろうね。興味があるけど、やってみたいとは思えないな」
「この位置からまず扉を破壊して、一気に中に飛び込むというのでどうでしょう?」
「頑張ってジャンプできない距離ではないけど、トラップがどんなモノかわからないからね」
「しかしここでじっとしているわけにはいかないでしょう?」
「それもそうだね」
変形した〈鉤爪〉をシュヴァイツは装備して、放たれた魔弾が扉に撃ち込まれた。破壊された扉の破片が先にいたアリスの躰に降り注いだ。
アリスは眼を丸くしている。
「どうしたんですか?」
「扉が故障したみたいで開かないものだから、仕方なく壊したんだよね、彪彦さん?」
助け船をシュヴァイツは出したが、ばっさりと斬られた。
「いいえ、貴方がミスをしたせいですよ」
「またまたぁ〜、僕のせいにしちゃってさ。この際、どちらに非があるか争ってないで先を急ごう」
一歩足を後ろに引いて、勢いをつけてシュヴァイツが飛んだ。
天井から降り注ぐ雨のような槍。
間一髪でシュヴァイツは次の部屋に飛び込んだ。
「ふぅ、串焼きになるところだったね、影山さん?」
「ええ、誰かのミスのせいで」
「そうそう誰かさんのせいでね」
と、チラッとシュヴァイツは彪彦に視線を向けた。まるで他人事。
鴉に戻った彪彦はシュヴァイツと距離を開けた。もう関わるのも疲れたと言った感じだ。
廊下はまだ続いていた。
アリスは歩こうとしない。
「記憶ではここが祖父の隠し部屋だったんですけど、こんな廊下見たことがありません」
「君がすべての記憶を持ってるわけじゃないと思うけどって、言ったかな言わなかったかな?」
シュヴァイツの推測が正しいかもしれないが、本当にこんな廊下などなかったのかもしれない。
廊下に変わった様子はなく、床にタイルなどもない。遠くには次の部屋に続く扉がある。
不審に思いながらも先を進む。
10歩も歩かぬうちにそれに気づいた。誰も口に出さずとも答えがわかる。扉との距離が縮まらないなのだ。
夜風が廊下を吹き抜けた。
それを合図に振り返ったアリス。
「姉貴……」
意識せずに出てしまった呼び名。
慌ててアリスは言い直す。
「セーフィエル様」
そう、そこに立っていたのは夜魔の魔女セーフィエル。夜のような漆黒のドレスを身に纏い、静かに静かにそこに佇んでいた。
「枷が外れてしまったのねアリス……こんなところにまで来るなんて」
冷徹な瞳は彪彦を見据えている。『貴方の仕業ね』と言わんばかりの瞳だ。
彪彦は口から〈彪彦〉を吐き出し、穏やかに戦いの準備に備えた。
「お早いお着きですねセーフィエルさん。ちょうど良かった、この先の部屋まで案内してもらえませんかね?」
「引き返すなら今のうち、さもなくば死を超越した苦しみを与えるわ」
「交渉決裂ですか……では、シュヴァイツさん〈リピートラビリンス〉を解くので頼みますよ!」
〈彪彦〉の口から怪音波が発せられ、空気が激しく振動した。
視界をも揺らす音波の力は、そこに張られていた結界を破壊した。
シュヴァイツが扉に向かって走る。それを追うアリス。さらにセーフィエルも地面を蹴り上げた刹那、黒い壁が目の前に立ちふさがった。
壁の向こうから彪彦の声が聞こえる。
「追わせはしませんよ」
「小賢しいわ」
セーフィエルの手のひらに力が込められ、黒い壁が消し飛んだ。その先で待ち受けていた網。
粘着性のある網がセーフィエルの全身を捕らえた。
「これでわたくしを捕らえたつもり?」
躰を包む網が酸で掛けられたように煙を立てながら溶けていく。網から抜け出すなどセーフィエルにとって造作ない。
しかし、その僅かな時間稼ぎが命運を分けた。
すでにシュヴァイツは扉を破壊して奥の部屋へ。
そして、アリスも――。
作品名:機械人形アリス零式 作家名:秋月あきら(秋月瑛)