機械人形アリス零式
荒波の旋律03
長身の女は2丁拳銃を構え、金具のついた黒いロングコートの影を翻した。
蹴破られる教会のドア。
「……チッ」
舌打ちをした。
突然、銃を構えて教会に乗り込んできた女に、祈りを捧げていた数人の人々が叫び声をあげた。
その中のひとり、金髪のメイド姿の少女だけが毅然としていた。
「銃をお捨てくださいませ」
その声を発したのはアリスだった。
2丁拳銃を構えた女は再び舌打ちをした。
「……チッ。おまえらに危害を加えるつもりは毛頭ない」
響いたハスキーな声を聖堂に残し、女はコートを翻してアリスに背を向けた。
何事もなかったように教会を出て行く女をアリスは追った。
「お待ちください――ドライ様」
振り返ると同時に女は銃口をアリスの眉間に突きつけた。
「俺の顔を知っているのか?」
「存じ上げております。貴方様がどの組織に属されているかも承知しております」
「名前は知られているが、俺の顔を知る者は少ない。おまえは何者だ?」
「わたくしはあるお方に仕える機械人形アリスでございます。貴女様の情報はわたくしの記憶ではなく、製造と同時にインストールされていたものでございます」
「なんの目的で?」
「存じ上げません。わたくしを創った魔導士の意図でございましょう」
「誰が貴様を作った?」
「セーフィエル様でございます」
「知らないな」
アリスの興味を失ったドライはコートを翻し足早に歩きはじめた。
そして、背中姿にアリスは呟きかけたのだった。
「D∴C∴」
驚いたドライは引き返し、アリスの首を鷲掴みした。
「なにを知っている!」
首を絞められながらアリスは済ました顔で微笑んだ。
「もしやと思い、貴女様に鎌をかけさせていただきました」
「……チッ。それで貴様はなにを知っている?」
「わたくしが偶然に知り合った方がD∴C∴らしく、その方が今夜ホウジュ区でなにかをするらしいのです」
「詳しい話は歩きながら聴く。貴様の話でデマ話が本当の話になりそうだ」
二人はイルミネーションが煌く夜の街を歩きながら、アリスはD∴C∴と係わり合いになった経由を話し、ドライは詳しい話はできないが、と前置きをして、ホウジュ区に潜んでなにかを企んでいるD∴C∴を探していると話した。
信用の置ける垂れ込みから、ドライたちはD∴C∴が今夜なにかを仕出かすと知り、その情報を元にドライはD∴C∴の潜伏先を探していたのだ。その過程でドライはD∴C∴の潜伏先が教会であることを突き詰め、ひとつひとつ教会を回っていたのだ。
一方アリスは、シュバイツの行方を追ってホウジュ区に来たのだが、その行方は一向に知れず教会で祈りを捧げていたのだ。
そして、偶然に二人は出会った。
アリスの案内により、ホウジュ区にある教会を回ることにした。
ホウジュ区にある教会の数はたがか知れている。本当にそこにD∴C∴が潜伏しているのであれば、見つけ出すのは時間の問題だ。
ホウジュ区のほぼ中心にある教会にたどり着いたのは、12時の鐘が鳴りはじめたときだった。
「なにも起きなかったな」
ドライが吐き捨てるように呟いた。
「広義でしたら日付が変わっても、夜が明けるまでは昨日の深夜という言い方になります」
アリスが予断を許さないことを指摘した。
教会の明かりは消えていた。
2丁拳銃を構え、ドライが乱暴に教会に踏み込もうとしたとき、世界が揺れた。
それは12時の鐘が鳴り終わったのと同時、それは教会からパイプオルガンの音が響き聴こえてきたのと同時だった。
すぐさまドライが教会の中に踏み込んだ。
同時に揺れが収まり、パイプオルガンの音も余韻を残しながら消えた。
パイプオルガンを弾いていたタキシード姿の男――シュバイツが演奏の手を止めて立ち上がった。
「コンサートの途中入場は困るな」
コンサートをと言っても、この場にいたのはたった5人だけだった。
ドライの2丁拳銃はシュバイツの左右に入るドーガとキラに向けられていた。
チェーンソーを構えるドーガとヨーヨーのような武器を構えるキラ。武器を手にしていないのはシュバイツだけだった。
シュバイツはとても残念そうにアリスに目を向けた。
「今夜はホウジュ区に来ないようにと忠告したのに残念だよ」
「ホウジュ区の屋台のたこ焼きがわたくしの主人[マスター]のお気に入りでして、どうしても買って来いと駄々をこねるものですから致し方なく」
もちろんジョークだった。
ドライが武器を持った二人に命じる。
「武器を捨てろD∴C∴の外道ども!」
武器を捨てる様子も見せずドーガが牙を剥く。
「偉そうにおまえ何者だ!」
「ワルキューレ所属ナンバー3、ドライだ」
ワルキューレ――それは帝都政府の最高主権者直属の公安組織の名だった。
ドライが名乗ったのと同時にドーガとキラが襲い掛かってきた。
連続して銃口が火を噴いた。
銃弾は小柄ですばしっこいキラには一発も当たらず、大柄のドーガは当ててくださいと言わんばかりに、何発もの銃弾を身体で受け止めた。だが、ドーガの皮膚から血が吹き出すことはなかった。全て金属音を立てて銃弾は床に落ちてしまったのだ。
超硬合金の身体を持つ男――それがドーガだったのだ。
チェーンソーを振り回すドーガはドライの目の前まで迫っていた。
そのとき、アリスの声が高らかに響き渡った。
「ターゲット確認――ショット!!」
アリスの肩に担がれたロケットランチャー〈コメット〉が発射された。この場所が教会だろうと関係ない乱暴な攻撃だ。教会で祈りを捧げても、信仰心はゼロなのだ。
カーブを描いた〈コメット〉はドーガの腹に激突し、ドーガは身体をくの字に曲げて後方に吹っ飛ばされた。
ドライは命を救われたが、立ち込める硝煙で視界を奪われ、目の前まで迫っていたヨーヨーに気づいていなかった。それに気づいていたのはアリスだ。
「ドライ様お躱わしください!」
遅かった。
2つのヨーヨーがドライの持っていた二丁拳銃にヒットし、拳銃は回転しながらドライの手を離れてしまった。
舌打ちが聴こえ、硝煙が晴れると、ヨーヨーの糸に身体を拘束されたドライの姿があった。
「貴様のおせっかいでこのザマだ」
毒づくドライにアリスは頭[コウベ]を垂れた。
「申し訳ございません」
今さら謝っても遅い。すでにドライはチェーンソーを首元に突きつけられ、床に胡坐[アグラ]をかいている。
ランチャーを担いだアリスにシュバイツは投げかける。
「アリス君も武器を捨ててもらいたい。君には恩義があるから、できれば穏便に済ませたいんだ」
「事と相談によります、この場所でなにをなさっているのですか?」
「新兵器の実験さ。この場所を震源にホウジュ区に地震を起こす。そう、ここにあるパイプオルガンは擬装だ」
「地震を? ならここも危険なのではございませんか?」
「通常の地震は震源地がもっとも揺れが大きいが、これは違うんだ。この場所を中心に波紋のように揺れが伝わり、外周がもっとも揺れが強くなる。今回の実験では半径5キロを予定しているが、最大震度はマグニチュード8を予想している」
作品名:機械人形アリス零式 作家名:秋月あきら(秋月瑛)