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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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機械人形アリス零式

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 コンビニでATMを探し、男は30万円を引き出した。
 店外で待っていたアリスに男は歩み寄り、引き出したばかりのお金から5万円を手渡す。
「これが今日の分だよ」
「ありがとうございます。ところで、日給5万円はわたくしの働きには見合う金額ですが、個人の貴方が支払うには多い金額だと思われます。預金には余裕がございましたか?」
「君はなかなか有能そうだから5万円でも安いと思うよ」
「そうではなくて、プライバシーにあまり立ち入る気はございませんが、わたくしに日給を払う余裕がございましたか?」
「あぁ、僕の預金額が気になるわけだね……僕はずいぶんとお金持ちらしいよ。6つの口座を調べたけど、全て預金が5000万以上」
 若干20代かそこらで3億以上の預金額。ただのサラリーマンだという線は薄い。ただし見た目の年齢は美容技術進歩で必ずしも実年齢とイコールにはならない。
 現金を持って二人はメインロードから少し外れた安ホテルを探した。
 鉄筋コンクリートの小さなビル。1泊1万5000円からと書いてあった。
「別にホテルはどこでもいいからここにしよう」
 男に促され、アリスはホテルのロビーに入った。
 小さなカウンターには備え付けのアンドロイドがいた。
「当ホテルにようこそお出でいただきました」
 合成音は人間のように滑らかではなく、旧式を思わせる。
 チェックインを済ませようとして男はアリスに尋ねた。
「アリス君はここに泊まるかい? それとも本当のご主人のところに戻るかい?」
「5日間ほどなら、貴方様と常に行動を共にできます」
「そんなことをして君の主人は怒ったりしないのかい?」
「勝手に怒らせて置けばいいのです。わたくしがいなくとも、主人[マスター]の自由気ままな生活には小さな支障しか出ません」
 ささやかな仕返しだった。
 男は目の前の受付アンドロイドで2人分のチェックインを済ませた。高性能アンドロイド等は1人分とカウントするのが一般常識だ。ただし食事等などのサービスが含まれる場合は、その料金分が差し引かれる。
 部屋の鍵を受け取り、二人でエレベーターに乗っている途中、男はずっとアリスのことを見つめていた。それに気づいたアリスはいかにも不思議そうな顔で男を見返す。
「どうかいたしましたか?」
「君って本当にアンドロイドなのかい?」
「正確にはアンドロイドではございませんが、人工物でございます」
 端整な顔立ち、染み一つない陶器のような美しく白い肌、全く潤んでいない蒼い瞳。見た目は人工物以外の他ならない存在だ。ただ、電脳にインプットされた性格チップが良くできすぎているように思えた。あまりにも人間味を帯びていているのだ。
 エレベーターのドアが開き、二人はまっすぐの廊下を進んだ。廊下には人はいないが、いろいろな場所から人の声やテレビの音らしきが聴こえる。どうやらずいぶんと壁の薄いホテルらしい。
 渡された鍵の部屋に入ると、小奇麗にはしてあるが、とても素っ気無い部屋だった。ベッドの数は1つ。2人分の料金を払っても、この辺りは1人分なのだ。
 部屋に入った男はさっそくシャワールームに向かった。
「体中ベトベトだ早くシャワーを浴びたいよ。僕がシャワーを浴びている間にこの服をクリーニングに出して、新しい服を買ってきてくれるとありがたい」
「承りました」
 男はアリスの前で気にせず服を脱ぎ始めた。アリスも表情ひとつ変えていない。
 全裸になった男はその服をアリスに手渡し、財布から5万円ほど出してアリスに渡した。
「これでよろしく頼むよ」
「承りました」
 アリスに背を向けてシャワールームに入っていく男の背中には大きな刺青があった。
 蝙蝠の羽を模った左右対称の羽と、その中心に描いてある『D∴C∴』の文字。アリスはそれにひとつしか心当たりがなかった。
 だとしたら、この男は帝都政府の敵だ。
 D∴C∴とはDarkness Cry[ダークネスクライ]の頭文字で、帝都を中心に暗躍する魔導結社の名前だった。その活動は主に帝都政府へのテロ行為。過激なものが多く、住民が犠牲になることをいとわない最悪のテロ集団だ。
 帝都政府からD∴C∴の幹部達はDead or Alive――『生死を問わず』で懸賞金つきで指名手配されている。だが、その幹部の多くは顔や経歴が一切不明の者も多く、顔がわかっている者も本当に幹部なのか怪しい部分が多い。
 アリスにとって、例え男の正体がテロリストだとしても、今は高い給料を払ってくれる雇い主でしかない。アリスには治安の安定や世界平和など興味のない話だった。
 これから大きなアクションが起こされることは十分に予期されるが、男の刺青を見たときのアリスの表情は小さな笑みを浮かべていた。この辺りの感情が機械らしくないのだろう。
 アリスはこれから起こることに期待をしているのだ。
 浜辺で男を見つけたときから、なにか予感はしていた。タキシード姿の男が溺れて死に掛けていた。パーティー帰りの男が泥酔して海に落ちたという軽いオチは、男の背中に刻まれた刺青がないと言っている。
 塩水で汚れたタキシードを持ちながら、アリスはニヤリとして部屋を出て行った。