機械人形アリス零式
荒波の旋律01
下界を焦がし燦然と照り輝く真っ赤な太陽。
さざ波の聴こえる白い砂浜。
サングラスに真っ赤なビキニを着た金髪美女がビーチチェアで寛いでいた。
白い肌には日焼け止めがたっぷりと塗られ、日焼けを決して許さない。
その傍らに立つメイドの少女。その肌は炎天下で、主人[マスター]の肌よりも白く、陶器のように透き通っている。
ビーチチェアに寝そべる美女が退屈そうに呟く。
「飽きたわ」
ビーチには二人以外ない。プライベートとビーチというわけでも、無人島というわけでもない。
――季節は極寒の冬なのだ。
サングラスを外して立ち上がった美女は魔導士マナだった。傍らに立つのは機械人形の少女アリス。
「マナ様、そろそろ人口太陽が切れます」
先ほどよりも太陽が色あせている。まるで切れそうな電球のようだ。
そして、人口太陽は海へと堕ちた。
急に極寒が肌を刺す。
マナはすぐに水着の上から魔導衣を着ると、砂浜を出て道路に向かって歩いた。道路には真っ赤なスポーツカーが止まっている。さっさと帰る気なのだ。
ビーチにはパラソルとチェアと、アリスが残されていた。
スポーツカーが走り去っていく。
そろそろ主人に反逆したいと考えているが、アリスのプログラムで抑制され、反逆をしようとしても嫌がらせ程度しかできない。
アリスにはビーチチェアとパラソルを片付ける気など毛頭ない。
電脳に備え付けてある通話機能で便利屋を呼ぶ。
《わたくしアリスと申します。ビーチパラソルとビーチチェアを処分したいので、○○海岸に引き取りに来てもらえないでしょうか?》
声に出さずに電脳から直接音声データを飛ばす方法だ。
通話に出たのは中年声の男だった。
《毎度、アリスちゃん。いつもひいきにありがとな、すぐに引き取りに行くぜ》
《ありがとうございます》
通話を終えたアリスはこの場で待つことにした。
たかがゴミの処理でも便利屋は快く引き受けてくれる。要は仕事に見合う料金を客が支払ってくれればなんでもするのだ。
便利屋が来るまで海岸を眺めていたアリスの瞳に男の姿が映った。
海の上に仰向けになって浮かぶ男性の姿。生体反応はあるが、体温が低い。
波打ち際まで駆け寄ったアリスから男までの距離は5メートルほど。
アリスのボディは防水加工が施されているが、万が一の事もあるのでできれば海水には浸かりたくない。
エネルギー残量と相談し、アリスは〈ウィング〉を起動させることにした。
「コード000アクセス――50パーセント限定解除、コード005アクセス――〈ウィング〉起動」
アリスの背中が金色に輝き、そこには鳥の羽骨のような翼が生えた。
翼は小さなフレアを撒き散らし、重力に逆らうようにゆっくりとアリスの身体を浮かす。
アリスは男の上空まで飛んだ。そこから波の動きを読みながら、海に浸からぬようにしてタイミングを見計らって、一気に男をの服を掴んで持ち上げたのだった。
服が小さく破けるような音を立て、アリスは慌てて速度を上げて飛び、気を失っている男を砂浜に投げ捨てた。
丁寧さに欠くのは、アリスが元々メイド用ではないからだ。
エネルギー消費量の多い〈ウィング〉を解除し、アリスはすぐさま男のもとに駆け寄った。
砂浜で身動きしない男を仰向けにした。男の年齢は20代半ば、服装はタキシードと、冬の海で溺れているには不自然な格好だった。
アリスはすぐさま男の呼吸と脈を確かめたが、呼吸がない。
人工呼吸をしたいところだが、生憎アリスには肺がなく呼吸をしていなかった。これでは人工呼吸はできない。
「コード011――〈メディカル〉召喚」
アリスが召喚したのは緊急医療セット。そこからアリスがチョイスしたのは電気痙攣療法の器具。いわゆる電気ショックだ。
男の黒いジャケットの下に着ているワイシャツのボタンを外し前を開けると、二つの電極を手に持って男の胸に押し付けた。
電気の流れた男の身体が大きく飛び跳ねた。
目覚める気配のない男に2発目をお見舞いした。
再び跳ね上がる男の身体。
男の瞼が痙攣したように動き、口を動かして急に呼吸をする男は目を開けた。
それを見てアリスが漏らず。
「適当にやったのだけれど、なんとなくで上手くいくものね」
〈メディカル〉は後付された機能で、アリスはその使い方をロクに知らなかったのだ。
上体を起こした男は辺りを見回し、アリスの顔を不思議そうな顔で見つめた。
「なぜこんなところに?」
「海で溺れているところを救出いたしました」
「……そうか、ありがとう……僕の名は……僕の……」
男は急に難しい顔で押し黙ってしまった。
「どうかいたしましたか?」
「名前が……名前が……思い出せない」
「お名前が?」
「そう……自分の名前が思い出せない。名前だけじゃない、住んでいた場所も、両親の名前も顔も、なにもかも」
苦悶する男にアリスは瞬時に判断をする。
「記憶喪失でございますね」
「そんな馬鹿な、僕はこうやって普通に話しているじゃないか?」
「しかし貴方様は、ご自分の記憶を失われております」
「それもそうだが……」
男は自分自身が置かれた状況に半信半疑のようだ。まさか自分が記憶喪失になるとは誰も思わない。突然のことに男は理解を苦しんでいるのだろう。
頭を抱える男にアリスは提案をする。
「警察に行くのが一番でございます」
「警察……警察……警察には行かないほうがいいような気がする」
「貴方様は犯罪者でございますか?」
「そんなまさか……でも、とにかく警察には行きたくない。病院もだ」
「ご自分の状況を理解なされての発言でございますか?」
男は再び押し黙った。
記憶がないのにも関わらず、警察と病院を拒否する。なにか足が付いてはいけないようなことをしたのだろうか?
アリスは疑問を抱きつつも、男にこんな提案を持ちかけた。
「お金を持っておられるのなら、ひとまずホテルを探すのが宜しいかと思います。記憶を探す手伝いや身の回りのお世話は、報酬さえいただければわたくしが致しますが?」
「君が? 君はどこかの主人に仕えるただのメイドアンドロイドじゃないのかい?」
「有力者に仕える機械人形アリスでございます。それにメイドアンドロイドではなく、殺人人形[キリングドール]でございます」
「あははは、こんな可愛らしいお嬢さんがキリングドールか。いくらくらいでキミを雇えるんだい?」
「日給5万円ほどでいかがでございますか?」
「雇ってもいいけど、問題は僕がお金を持っているかだな……」
男はポケットをまさぐり、皮の財布を取り出した。
財布の中には札も小銭も入っていなかったが、キャッシュカードなどのカード類が大量にあった。
カードの中にはアリスの知っている物もいくつかあった。
「銀行のキャッシュカードが混ざっておりますね」
「そうだね……預金があれば君の給料や当面の資金が確保できそうだ」
「では、まずはATMを探しましょう」
「そうだね」
「その前に……」
「その前に?」
「もうすぐ便利屋があれを処分に来ますので、それまでお待ちくださいませ」
アリスが手を向けた先には、主人が残していった?粗大ゴミ?が置いてあった。
作品名:機械人形アリス零式 作家名:秋月あきら(秋月瑛)