機械人形アリス零式
尻餅を付きながら床を見ると、床は油を塗りたくったように不気味に輝いていた。〈マッドイーター〉がトラップとして自分の脂汗をばらまいたのだ。
「くっそ〜!」
尻餅を付きながらゼクスが階段の上を見上げると、すでに空を飛んでいるアリスが屋上に入ろうとしているところだった。
立ち上がったゼクスは階段を上るのではなく、来た道を急いで戻った。ビルのシステムコンピューターを修復するために使っていたアレを取りに戻ったのだ。
敵を屋上に追い詰めたはずだった。しかし、屋上でアリスを待ち構えていたのは、巨大な戦闘マシーンだった。
アリスの前に立ちはだかる金属の巨体――魔導アーマー参號機。ゼクスが屋上に置いて来た魔導アーマーに〈マッドイーター〉が乗り込んだのだ。巨躯の〈マッドイーター〉がゼクス専用の小さいコックピットにどうやって乗ったのかは不明だ。
「こんなところにおもしろい玩具が落ちていたよ。逃げるのは止めにしてこれで遊ぼう」
「それは子供の玩具じゃありませんわ」
強風の吹き荒れる屋上でアリスは〈ウィング〉を解除した。残り少ないエネルギーで目の前の敵と戦わねばならない。起動しているだけでエネルギーを消費する〈ウィング〉を使うのは得策ではない。今は少しでも節約した戦いをせねば。
特殊合金の屋上の床にアリスは足の裏をしっかりとつけた。長い金髪を激しく煽られるが、小柄な身体が飛ばされることはない。少女の外見を持ちながらも、機械人形であるアリスの重量は200キログラムを超えていた。
アリスが合金の上を駆ける。重量に見合わず、その足音は軽やかだった。それというのもアリスの靴がショックを吸収してくれているからだ。
白いボディースーツである〈メイル〉を装着したままのアリスは、敵に向かうべく盾と剣を召喚した。
「コード001アクセス――〈ビームセーバー〉召喚[コール]。コード002アクセス――〈シールド〉召喚[コール]」
ビームソードと光輝く半透明の盾を装備し、アリスが魔導アーマーに斬りかかる!
グォォォォン!!
巨大なアームが素早く動き、アリスに襲い掛かる。
強い衝撃を〈シールド〉で辛うじて防ぐが、その衝撃のあまり、アリスの身体は後方に大きく吹き飛ばされた。
後方に飛ばされながらもしゃがみながら着地し、そのままの体勢でアリスはジェットブーツの横についているジャンプ力調整ダイヤルを回して、スライド式の小さいスイッチを3段階の1に入れた。
立ち上がったアリスは爪先で走り魔導アーマーに斬りかかる。
再び振り下ろされる巨大なアーム!
アリスは地面に踵を下ろして、強く踏み切った。すると、ジェットブーツが発動し巨大なアームを軽々と避け、横に大きくジャンプした。
魔導アーマーがアリスのいる方角を向く前に、アリスは着地と共に次のジャンプをした。
急いで魔導アーマーが振り返った場所にアリスはいない。アリスは魔導アーマーの頭上を飛び越え、背後に回っていた。
「コード006アクセス――〈ブリリアント〉召喚[コール]。発射!」
アリスの周りに6つの光り輝く球体が出現し、そこからレーザーが一斉照射された。
だが、レーザーは魔導アーマーの装甲を紅く熱するだけで破壊するには至らなかった。
背を向けていた魔導アーマーが振り返りざまにアームを大きく振ってアリスを襲う。
〈シールド〉で防ぐが、やはりアリスの身体は大きく飛ばされ、屋上に設置してあった対空ミサイルの台に衝突させられた。
形成は明らかに不利だった。いくら戦闘用のS級キリングドールと言えど、魔導アーマーとの戦いは戦闘のスペシャリストである特殊戦闘員と戦車が戦うようなものだ。いや、ただの戦闘用モビルアーマーであれば、アリスがこんな苦戦を強いられることはあるまい。天才科学者ゼクスが開発した世界最高峰の兵器であったらこそ、アリスが苦戦を強いられているのだ。
相手の出方を伺い、足を止めるアリスに魔導アーマーが近づく。
「アリスみたいに必殺技を使いたんだけどね、機体を操縦するのが精一杯で武器の使い方がわからなんだよ」
スピーカーを通して響く〈マッドイーター〉の声。
もし、〈マッドイーター〉が魔導アーマーの操縦を完璧にこなし、装備されている兵器を使用していたら、アリスはすぐにやられてしまったかもしれない。幸運の女神が少しだけアリスに味方しているのかもしれない。
などということもない。アリスは目の前の敵と戦いながら、エネルギー残量とも戦っていたのだ。エネルギー残量がもっと残っていれば、もう少しマシな戦いができるものを、今の状態ではどうにもならなかった。
エネルギー残量は250Eを切っている。先ほど撃った〈ブリリアント〉で、召喚に3E、発射に18E消費したが、それも敵に傷を負わせることができなかった。
屋上の扉に白い影が現れた。
「またせたな! ヒーローちゅうのはやっぱり、いいとこ取りせんとな」
白い影は白衣を風に揺らすゼクスだった。
ゼクスは魔導アーマーに向かおうと足を踏み出すが、強風に押し戻されて思うように前に進めない。
「たかが風に負けてたまるか!」
背負っていたランドセルから1枚のカードが飛び出し、ゼクスの手に収まった。
「擬似スペル――グラビティ!」
カードを自分の胸元で掲げ、ゼクスは呪文[スペル]を唱えた。これはスペルカードといって、あらかじめ呪文を吹き込むことによって、誰もが簡易的に呪文を使えるアイテムだ。
グラビティを自分に発動させたゼクスの体重が増え、風に飛ばされないようになった。その分、行動力に支障がでるが、ゼクスはそのハンデを物ともしなかった。
床を激しく叩きながら走るゼクスが、ランドセルから2本のレザー砲を出し、極太のレーザーを魔導アーマー向かって照射した。
2本のレーザーを軽々と避ける魔導アーマーであったが、レーザーの向かった先にはアリスが先回りしていた。
レーザーの1本がアリスの構えた〈シールド〉に反射した。反射されたレーザーが向かった先いた魔導アーマーの装甲が、アリスの弾き返したレーザーで解けた。〈ブリリアント〉では太刀打ちできなかったレーザーだが、ゼクスのレーザーはたしかに魔導アーマーに傷を負わせたのだ。
しかし、その程度の溶解では、魔導アーマーの背中の装甲を数センチ溶かすことしかできなかった。
「あんま利いとらへんな。さっすがウチの造った魔導アーマー参號機や」
関心している場合ではなかった。魔導アーマーが全速力で走り、ゼクス向かって突進してきたのだ。
突進してくる全長3.5メートルの巨躯に臆することなく、ゼクスは正面を切って向かい討ちレーザーを発射した。
が、魔導アーマーはバリアを出現させ、レーザーを中和してしまったのだ。
巨大なアームが振られゼクスの眼前に迫る。
「やられるかアホっ!!」
ランドセルから赤い超巨大グローブが飛び出し、魔導アーマーの巨躯を殴りつけた。衝撃に押され魔導アーマーは後退するが、そのグラブ部分がキャノン砲に変形し、ゼクスの頭より大きい弾を発射してきた。
ゼクスは弾を避けようとするが、避けきれず左胸から腕にかけてもろに直撃を喰らってしまった。
作品名:機械人形アリス零式 作家名:秋月あきら(秋月瑛)