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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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機械人形アリス零式

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アリス観光ガイド05


 敵をたどりつつ、アリスとゼクスは銀行奥の大金庫にたどり着いた。
「なんでやねん?」
 ゼクスは眼鏡の奥で眼を丸くした。
 大金庫の大扉が開かれている。6つのセキュリティーが解除され、金庫内部への道が開かれているのだ。
 金庫の中に入ったゼクスはさらに驚愕した。
「中身はどこいったんや!?」
 金も証券も小切手も、なにもかもない。ただ、そこには一人の少年がいた。
「草太様!?」
 アリスが感情をあらわにした。行方不明になっていた草太が、ここにいたのだ。
「惜しかった。もう少しで逃げるところだったのに」
 ――惜しかった?
 アリスには信じがたいことだったが、なにも知らないゼクスのほうが私情をはさまずに状況をすぐに把握した。
「金庫の中身をどこにやったんや!」
「ここだよ、こーこ」
 自分の腹を指差して、草太は不気味に笑った。まるでそれは草太ではない者の表情のようだ。
 嗚咽をひとつして、草太が口の中からなにかを吐き出した。それは、なんと札束だった。口よりも大きいはずの札束が、口の中から出てきたのだ。
 つまり、金庫の中にあったものは、すべて喰ってしまったと言うのだ。そんなこと信じられない。だが、たしかに札束は草太が吐き出したのだ。
 ゼクスの脳内情報が処理され、パズルのピースが答えを描きはじめた。
「そうか、これが目的やったのか!」
「そうだよ、犯罪者を牢から出せなんて無理なことくらいわかってたさ。時間稼ぎができればそれでよかった」
 そう、犯人側の要求は帝都で服役している者たちの開放だった。しかし、本当の目的は帝都有数の大金庫である、帝都銀行ミナト区ツインタワービルの銀行強盗にあったのだ。
 そして、ゼクスは草太の本当の正体に近づいていた。
 ゼクスの頭に叩き込まれたA級犯罪者リストと照合し、金庫の中身を喰らうことのできる犯罪者に該当するのはひとり。
「〈マッドイーター〉やな!」
「ご名答。今回のゲームをクリアしても、S級にはまだなれないね。早くS級に名を連ねたいよ」
 帝都政府が管理する犯罪者リストのA級に名を連ねる〈マッドイーター〉。国籍も本名も、性別を含む何もかもが『不明』の犯罪者だ。全てが『不明』なのには、〈マッドイーター〉の持つ特殊能力に理由がある。
 包囲網を抜けて〈マッドイーター〉が都外に逃げたとの噂があったのは、数ヶ月前のことだった。
「外は退屈でね。やっぱり犯罪件数世界一の帝都が僕にとって一番住みよい街だった。だから戻ってきたんだ、この子の身体を借りてね」
 金庫の入り口にはアリスとゼクスが立ち塞がり、〈マッドイーター〉に逃げ場はないと見える。
 ゼクスが相手を追い詰めるべく、一歩前に出た。
「金庫の中身を早う出さんかい!」
「こちらには人質がいる。可笑しな真似はしないほうがいいよ」
「ウェストビルに残ってる人たちのことか!」
「ビルを倒壊させるだけの爆弾がセットしてある。僕に可笑しな真似をしたら、どーんだよ」
「そないなことしたら、お前も死ぬんやで!」
「わかっているよ、だから人質を消化しないで一人残して置いたんだ」
 草太の口がゴムのように伸び、その口から頭が出た。それはなんと草太の頭であった。草太が草太を吐き出したのだ。いや、吐き出した者の姿はすでに草他ではなかった。
 吐き出した草太を草他を吐き出した者が首根っこを掴んで持ち上げた。
「僕の能力をお忘れだったかな?」
 〈マッドイーター〉の能力とは、無尽蔵の腹を持ち、その腹に収めたモノの能力や容姿などを吸収してしまうのだ。
 草太を吐き出したのは、太った大柄の男だった。肉まんを重ねたような身体に、大福のような頭が乗っている。その顔からは脂汗が噴出し、たらこのような唇が歪んでいた。
 〈マッドイーター〉に囚われた草太は気失っているようだった。これは不幸か幸いか?
 ゼクスとアリスが〈マッドイーター〉との距離を詰める。
「おいおい、近づくとこの子供を殺しちゃうよ」
 相手の動きに合わせて〈マッドイーター〉もまた、ゆっくりとすり足で移動していた。
 アリスの瞳が〈マッドイーター〉を見据える。
「人質は生きているから意味があるのですよ?」
「その通り。もし、ここで僕がこの子供を殺したら、君たちはすぐにでも僕に牙を向くだろう。けどね、僕は馬鹿ではないよ」
 なんと、この場で巨大な口を開いた〈マッドイーター〉が、再び草太の身体を丸呑みしたのだ。
「これで僕を殺せば、人質も死ぬよ」
 再び草太を呑み込み草他の姿をした〈マッドイーター〉は、ゼクスとアリスとの間合いを確かめながら出口へと足を進めていた。
 仕掛けるのは誰か?
「コードβアクセス――〈影縫い〉!」
 発動された魔導コードによって、アリスの手から影色をした針が放たれた!
 針は〈マッドイーター〉ではなく、その影を狙っていた。〈影縫い〉とは相手の影を固定し、本体の動きを封じる技だった。本体を傷つければ影も傷つき、影を傷つければ本体も傷つくという原理に基づくものだ。
 〈マッドイーター〉は素早い身のこなしで影針を避け、そのまま出口に走った。
「逃がすか!」
 ゼクスが手から電子ロープを放った。
 放たれた電子ロープは〈マッドイーター〉の片足を捕らえた!
 足首にロープを巻かれ、〈マッドイーター〉が体制を崩して大きく転倒した。だが、次の瞬間、〈マッドイーター〉の口が開かれ、そこから草太の身体を遥かに超えるデブ男が飛びした。
 電子ロープに捕まった草太の身体を捨て、デブ男――〈マッドイーター〉はそのまま逃走を続けた。
 その巨躯からは想像できないスピードで逃げる〈マッドイーター〉をゼクスとアリスが追う。
 巨体についた肉を揺らしながら〈マッドイーター〉は逃走を続けた。仲間たちはすでにアリスとゼクスに殲滅させられ、残っているのは自分だけだ。銀行で盗んだ金を全て独り占めにできる。しかし、〈マッドイーター〉の本当の目的はそれではない。
 これはゲームなのだ。ミッションをクリアし、経験値を稼ぎ、犯罪者としての階位[クラス]を上げる。それが〈マッドイーター〉の目的だった。
 後ろからはアリスとゼクスを追ってくる。〈ウィング〉を装着したアリスのスピードもさることながら、ゼクスの走るスピードも人間離れしていた。
 だが、〈マッドイーター〉の移動スピードもまた常人を遥かに逸脱したものだった。〈マッドイーター〉が喰った被害者はすべて把握されていないが、その中に俊足を持つ能力者のかもしれない。
 〈マッドイーター〉は逃げつつも、追っ手を撃退するべく攻撃を仕掛けていた。
 階段を駆け上がりながら後ろを勢いよく振り返った〈マッドイーター〉の口から粘液が飛ぶ。
 糸を引く粘液はアリスの顔の横を通り過ぎたが、粘液の付いた床は熱で溶かされたよう湯気を立てて溶解した。〈マッドイーター〉の吐き出した粘液は強い酸を含んでいたのだ。しかも、鼻が捻じ曲がりそうな悪臭を放っている。
 階段の折り返しで〈マッドイーター〉の姿が消え、すぐにゼクスが追うが、床の滑りに足を取られて転倒してしまった。
「なんやねん!?」