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短編集40(過去作品)

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 屋敷の住人は晩年こそ静かだったが、その昔は地域の中での発言力は相当なものだったらしい。街の権力者が何かをするにも、いちいちお伺いを立てに行ったという話を聞いたくらいである。
 どうしてここまで落ちぶれたのか分からないが、分かってしまえば、今度は晩年しか知らないだけに哀れに思えて仕方がない。元々みすぼらしい生活をしていたのなら気にならない。最後に人知れずに亡くなったことへの哀れさは、口では言い表せない。ひょっとして、
――明日は我が身――
 とまで思えたほどだ。
 年齢としては七十歳をゆうに超えていた。大人は誰も教えてくれない。触れてはいけない話題だっただけに、聞くわけにもいかない。意外と大人も年齢までは知らなかったのではなかろうか。なぜにそんなにみすぼらしい生活になったかも、きっと誰も知らないような気がする。
――もし知っている人がいるとすれば、中を覗きこんでいた青年だったのでは――
 と思うのは突飛な発想であろうか。通夜も葬式も営まれず、静かに息を引き取った老人は、丁重に見えるが、実に事務的に荼毘に付されたのだ。
 今まで人のことを気にすることなく。気にされることなく生きてきた老人の孤独な死、最初のうちは、
「あそこの屋敷は取り壊されるのかな?」
 と気にしていた連中も、取り壊されてしまえば話題にするやつもいない。少なくとも、石田氏と青年以外は、あっという間に老人の死など忘れてしまうことだろう。
 屋敷が取り壊されて一週間もした頃だっただろうか。まだ屋敷のあった頃のことが頭にあり、通るたびに気にしていた石田氏だったが、取り壊されて更地になった空き地の真ん中あたりに佇んでいる青年を何度か見かけた。
「空き地にいるあの人は何をしているのだろう?」
 と友達に聞いてみたことがあったが、
「あの人って誰だい?」
「ん? 例の最近亡くなった老人の屋敷を覗いていた人だよ。一緒に見たじゃないか」
 その友達とは、屋敷を覗きこんでいる青年の姿を何度か一緒に見ている。
「何やってるんだ? あいつ」
 と最初に気付いたのは、かくいう友達だったのだ。
「あの屋敷を覗いていたような奇特なやつがいたんだな。気付かなかったよ」
 顔を見るととても冗談を言っているようには思えない。逆に石田氏の顔をマジマジと見ながら、まるで疑いを向ける目で見ていた。疑いというのは、自分の目が確かであり、それを訴えている目でもあった。
 それを分かっていながら再度聞いてみた。
「おいおい、本当に冗談じゃないぞ。お前が最初に気付いたんじゃないか」
 その言葉に今度は驚きもせずに、無表情に変わった。自分を見つめなおしているのかも知れない。
――自分のことを振り返る時って、無表情になるんだな――
 とその時初めて気付いたのだ。
 もっとも、無表情な相手の気持ちを探ろうとする人が果たして何人いることだろう。まるで、
――心ここにあらず――
 ではなかろうか。
 それにしても、その青年、一体何をやっているのだろう? 話しかけてみたいと思ったこともあったが、すぐに気持ちを否定した。どう考えても話しかけられる雰囲気ではない。青年の喜怒哀楽、一度も見たことがない。何を考え、何ゆえそこに佇んでいるのか、興味は高ぶってくるばかりだ。
 最初は佇んでいるだけだが、そのうちに足元を思い切り踏みつけている。硬い粘土質のような土を踏みつけたところで何があるというわけでもないのにである。
 青年が消えたのは、石田氏の集中力が少し切れ掛かった瞬間だった。一日だけ、考え事をしていて空き地を見向きもせずに通り過ぎたかと思うと、次の日からバッタリと青年を見なくなった。
 その日のことは大きくなった今でも忘れない。実際にその場にいた時のことよりも、
――そこにいたんだ――
 という思いが強く残っている。
――あの時は一体何を考えていたのだろう?
 あれだけ気にしていた空き地の男の存在を忘れてしまうくらいに何か気になることがあったのだが、ハッキリと覚えていない。思い出そうとすると、寸前まで思い出せる気がするのだが、肝心なところで霧が掛かったようになるのは、自分の意識の中に潜在的なものを感じるからだろうか。
 それから五年ほど経ってから、祖母が死んだ。身内の死はその時が初めてで、実際に葬式に出席したというのも初めてだった。
 道を歩いていて、白と黒の横断幕を見ては、身体に寒気のようなものを感じていた。木造家屋の老人が死んだ時には、葬儀は違う場所で行われたので、葬式というものに対して何かを感じたのはそれ以降のことである。それまでは白と黒の横断幕の横を通っても何とも感じなかった。
 線香の香りが漂っている。きっと寒気を感じる原因の一つに線香の香りがあるに違いない。匂いというものを敏感に感じるようになってから、ひょっとして自分には、人が死ぬ何日か前から分かる能力ガあるのではないかと感じるようになっていた。
 まずは、石をかじったような匂い、それはどこからともなく匂ってくるもので、それを感じることが最初に人の死ということを現実のものとして受け入れる準備のような気がした。
 その頃は、人の死に対してあまり感じなくなっているのではないかと思っていたが、それは身近なところで人の死に遭遇することがなかったからだ。幸いにして事故や災害を耳にすることもなく、寿命で死ぬような年齢の人も身近にはいなかった。
 だが、それは錯覚だったのかも知れない。亡くなった祖母というのは、一緒に住んでいるわけではなく、休みになると田舎に遊びに行った時に会って話をする程度だった。頻繁に会っているわけではないので、元気だった頃のイメージがそのまま頭に焼き付いているので、いつまでも元気な気がしているだろう。最後に会ったのは、亡くなる一年前、一年も経てば、老人なだけに元気だった人も体調を崩せばそこから先はずっと病床に付していたようだ。
 時々母が田舎に行っていたのは知っていた。だがそれほどひどい病だということは聞いていなかった。だが、その頃から見る夢で、祖母が頻繁に出てくるということがあった。
――夢枕に立つ――
 という言葉を聞いたことがあるが、まさしくそんな感じだったのかも知れない。
――虫の知らせ――
 ではなかったのだろうか。
 しかし、それとは別に石をかじったような匂いを感じたかと思うと次の日から例のカウントダウンが始まる。一度数字が気になり始めると、次の日は一を引いた数字を気にしている自分を感じるが、気にしていてもいなくても、きっとカウントダウンがなくなることはないだろう。数字が見つかるのは意図してのことではなく、あくまでも偶然なのだから……。
 そして、数字が一になった時、石田氏は最高の緊張を迎える。そんな時に母から電話がかかってくる。
「清隆、明日こちらにいらっしゃい。おばあちゃんが、いよいよいけないらしいの」
 母の声は完全に枯れていた。看病による疲れを十分に感じることのできる声だった。本当ならこの瞬間が一番緊張するのだろうが、一という数字を見た時の方がはるかに緊張した。自分の中で節目を越えた瞬間だからだ。
作品名:短編集40(過去作品) 作家名:森本晃次