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墓標の捨て台詞

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「自分のことを知っている人が減ってきているような気がする」
 そんな疑念を抱いたことが、あなたにはないだろうか?
 疑念というよりも、不安である。別に時間が経てば人は忘れていくものであるから、自分のことを知っているという人が減ってくるのも当たり前、その分、新しい出会いがあれば、人生が活性化されるというものだ。
 普通ならこんな気持ちが頭を過ぎったり、通り過ぎることがあっても、不安に感じたりすることはないだろう。
 人生の節目節目で、そんなことを考えるようになった。これは、そんな男の物語である……。

 桜舞い散る遊歩道を歩いていると、この間まで真っ暗だったはずの退社時間、夕闇が夜の帳を開けようとする時、歩いていて湧き出してくる汗が、心地よくさえ感じられるほどだった。
 人通りも普段よりも多い気がする。花見にはもう遅いのかも知れないが、散り際を見ようと集まってくる人も決して少なくないと聞く。去年、初めてこの通りを通った時、すでに桜は散った後だった。引っ越してきてから最初に立ち寄ったこの場所、毎年来てみようと思うようになったのは、一年間の思いをこの場所で確かめようと思うようになったからだ。最初の一年目はただ訪れただけ、花見のメッカだという話を聞いたのも、後になってからのことだった。気にしなければ何もない場所、これから一体何回この場所を訪れることになるのか、我ながら興味が強くなっていった。
 佐藤五郎は、夜桜見物を一人で済ませ、そのまま部屋に帰るだけだったその時、ひときわ大きな桜の木の影に隠れる一組の男女がいるのに気が付いた。一人は見覚えのある。いや、今では忘れることのできない人がいることで、胸が早鐘を打ち始めたのを感じた。
 佐藤五郎が、この土地にやってきたのは、就職してから二年目のことだった。最初の勤務地も田舎だったが、今度の勤務地も負けず劣らずの田舎。それでも、最初の一年で田舎に対しての免疫ができたのか、さほど田舎に来たというイメージはなかった。
 最初の勤務地のイメージが、漁業が盛んな場所で、海に囲まれているような街だったのに対し、今回の赴任地は、工業が盛んで、最初の赴任地とは、違った意味で、活気があった。
 だが、工業が盛んだと言っても、その恩恵が庶民にいきわたるわけではないので、雰囲気としては、あまり活気に溢れている感じはしなかった。
 この土地に来る前に、やっとの思いで車を買い、休みの日などはドライブに出かけることが多かったので、転勤になって田舎に移ってきても不便な感じがしないのは、最初から車があったからだ。
 車のない時にこの街に来ていれば、カルチャーショックをまた引き起こしたかも知れない。最初の赴任地で嫌というほど味わったカルチャーショック。都会の大学を卒業して、――何が悲しくて、就職した途端、田舎に引き込まなければいけないのか――
 と感じた。
 大学時代は、駅前に喫茶店が何軒もあり、洒落たブティックなどもあったことで、自分のことを、都会人だと思い込んでいた時期もあった。それだけに田舎への赴任はカルチャーショックに陥るだけのものを十分に秘めているのだった。
 田舎に行けばいくほど、方向音痴になっていくようだ。特に最初の赴任地は、どこを通ればどこに出てくるかなど、まったく分からなかった。免許は持っていても、最初の三か月は、先輩の運転するトラックや営業車の助手席から見ているだけだった。自分で運転しないとなかなか道は覚えられない。しかも三か月とはいえ、人の運転する車から見た景色が目に焼き付いてしまって、ハッキリと道を覚えられないどころか、錯覚すら植え付けられたようだった。
 街の中心部には、城があった。道が複雑に入り組んでいるのは、城下町の名残なのかも知れない。敵に容易に攻め込まれないようにするためのものだということである。まっすぐに進んでいるつもりでも、気が付けば元の場所に戻っているという思いに何度なったことか、
「自分で運転するようになれば、道は自然と覚えるようになるさ」
 と先輩は話してくれたが、会社の車と、自分の車とでは覚える早さも違ってくるだろう。この街にいる間はほとんど会社の車だったことで、道を覚えることができなかったのだろう。
 新しい赴任地も決して、分かりやすい街でもなかった。ここも街の中心にはお城があったということで、元は城下町である。今は城跡として公園になっているが、昔の面影はほとんど残っていない。そんな中、最初に訪れた場所が、城跡から少し離れたところにある桜の名所である市民公園だった。
 この場所も実はお城の一部だったようで、元々のお城の大きさがどれほどだったのかということを彷彿させられるものであった。
「暖かくなると、ここは桜のメッカから、アベックのメッカに変わるのさ。蚊も結構いるはずなので、アベックには向かないと思うんだが、気にならないのかね?」
 と、先輩が教えてくれた。
 確かに、街灯を見ると、虫が無数に飛び交っているのが分かる。だが、これがすべて蚊であれば、溜まったものではないが、そうでなければ、少し大きめの公園。人数が集まれば。誰に気兼ねすることのないアベック公園に早変わり。他にアベックがいれば人の目も気にならないというものか、同類意識の表れによるものなのか、噂が噂を呼び、人口密度の高さは。アベックだけにとどまらないことを示していた。
 二か所目の赴任地ということで、期待と不安が入り混じる中、少し期待の方が大きかった。
 五郎は、期待が大きいと、自分でも予期していないような、楽しいことが起こることがあることを分かっていた。それが期待の一つだということもあるが、後から考えると、最初から期待がどのようなものかすら分かっていたかのような記憶の残り方をしていた。
 特に、恋愛関係に対しての期待が大きい。二十歳代の前半というと年齢的にも、そろそろ結婚を意識したりする年齢でもあるし、彼女がほしいと思うのが必然な年齢でもある。学生時代には、恋愛経験が皆無ではなかったが、その内容は結構希薄だったと思う。
 仲良くなる前に、相手から別れを告げられることが多かった。別れを告げられるのは突然で、ビックリする。ただ、仲良くなるのも結構早く、自分の人当たりのよさを感じている五郎だった。
 友達との間でも、
「きっかけを作るのがうまいのは、五郎だよな」
 とよく言われる。
 だが、その後があって、
「でも、いつもおいしいところは持っていかれるんだよな」
 と言われる。
 確かにそうだった。もっとも、それは、五郎にあまり話題性がないのかも知れないと思う。なるべく本を読んだり、人から情報を得たりもして、何とか話題性を豊富にしてきたようだ。
 就職してから、五郎の中で何かが変わったのか、それとも、学生時代では五郎の良さが分かる女性がいなかったのか、就職してから、五郎のことを分かる女性が増えたのか、五郎は、就職してからの二年間で、付き合うところまでは行かないが、よく話をする女性が数人いた。
作品名:墓標の捨て台詞 作家名:森本晃次