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いたちごっこ

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 この物語はフィクションであり、登場する人物、場面、設定等はすべて作者の創作であります。ご了承願います。

                大学駅前通り

 大学三年生の春、久しぶりに大学からの下校時間が一人になった。普段から友達と一緒に大学を出ることが多かったので、一人で歩くのは寂しくはあったが、新鮮な気もした。大学から駅までは歩いて十分ほど、途中に信号もほとんどないので、時間よりも結構遠く感じる。それでも人と一緒に歩いていると、そんな時間も距離も感じることはない。一人で歩くのは新鮮ではあるが、距離と時間をいつもより感じさせるものとなった。
 三軒に一軒は喫茶店が並んでいるような完全な大学を中心とした街、カレッジシティとでもいうべきか、梅田えりなが通う四年制大学の他にこの駅を基点としている大学は三つもあり、さすがにカレッジシティとしては、十分であった。
 その日はいつも友達と立ち寄る喫茶店を通り過ぎ、目的地は駅以外の何物でもないことを意識しながら歩いていた。時間的には午後四時半を回っていた。そろそろ西日がマンションの谷間に隠れてもいい頃だった。
 この辺りは大学生アパートはもちろんのこと、大都市まで電車で二十分と、完全な通勤エリアで、ベッドタウンとしても有名なところであった。マンションが多いのもそのせいで、駅近くにはたくさんのマンションが乱立しているが、そのほとんどは分譲マンションで、
――一般ピープルには縁のないところだわ――
 と、自分が就職しても、誰かの玉の輿にでも乗らなければ住むことのできないものだと考えていた。
 その日は歩いていると、西日がいつになく身体を刺すような感覚に襲われた。
――痛い――
 と思うほどの痛みだったが、嫌な感じではない。
 ただ、なんとなく感じさせる気だるさは、以前に感じたことがあるような気がしていたが、それがいつのことだったのか、よく覚えていない。
――高校時代だったか、中学時代だったか――
 正直意識の外だった。
 だが、この気だるさは空腹感を誘うものであり、
「グ〜」
 とお腹が鳴ったようで、まわりの誰かに気付かれていないか急に恥ずかしくなり、きょろきょろとまわりを眺めていた。
 気だるさを感じると、足が重たくなってきた。この感覚は想像していたことなので、それほど違和感がなかったが、足の裏が痺れてくるように感じたのは、計算外だった。歩いていて、
――どこかに座りたい――
 と感じるほどになっていた。
 たった十分ほどの距離で、最初は何ともなかったのに、いったいどうしたことなのだろう?
 えりなは気が遠くなりそうになるところまで感じていた。
 しかし、それがちょうどピークだったようで、歩いていると少し回復してきた。
――こんなに立ち直りが早いなんて――
 と思いながら、まるでこの瞬間だけ夢ではないかと思えてくるほどだった。
 少し回復してから目の前を見ながらまた歩き始めると、
――おや?
 さっきまで見ていた光景と明らかに何かが違っているのを感じた。
 どこがどのように違うのか分からない。感覚的に違っているとしか説明がつかなかったが、一つ分かっているのは、
――夕焼けのように、目の前の光景がすべて紅色に照らされているように感じる――
 ということだった。
 えりなは再度歩き始めたが、目の前で光っているものが自分の目を捉えて離さないという感覚に襲われた。
――何なのかしら? この感覚――
 歩いていると、いつもの道が次第に狭くなってくるのを感じた。
 すると目の前に見えてきた店が気になった。
――こんなところにこんなお店、あったかしら?
 そこはペットショップだった。
 今まで毎日のように駅と大学を往復していて熟知しているはずのこの道で、ペットショップがあることに初めて気付いた。
――どうして気付かなかったのかしら?
 目を刺すような光は一瞬にしてなくなり、今度は目の前に広がったペットショップの光景が目の前のキャンバスをいっぱいにしていた。
 中から、犬の声や鳥の声が聞こえる。紛れもなくペットショップであり、えりなは店前でそのまま立ちすくんでしまった。
 そのペットショップは、古臭い雰囲気の店で、こんな垢抜けした大学通りにはふさわしくない。それだけに今までこの違和感に気付かなかったことが不思議で仕方がなかった。
 だが、今目の前にあるペットショップに対して、なぜか違和感を感じない。
「昔からそこにあったじゃないか」
 と、誰かに言われたとしても、
「そうだったかしら?」
 と口では言うかも知れないが、あっさりと認めてしまう自分がそこにはいたのだ。
――ペットショップが私を呼んでいる――
 別に犬を飼いたいとか、ネコを飼いたいとかという思いがあるわけではない。
 えりなは高校を卒業してからひとり暮らしをしている。田舎からでは絶対に通学できないところだからだ。
 彼女の親は、本心では寂しいのだろう。反対なのだと思うのだが、えりながひとり暮らしをしたいと言い出すと、思ったよりもあっさりと認めてくれた。あまりにもあっさりすぎて拍子抜けしてしまったくらいだった。
 ひとり暮らしは、女子大生に人気があると言って不動産屋から紹介されたコーポだった。買い物するにも近く、まわりに夜道の暗いところはなかった。大通りさえ通っていれば、安全だというのも大家さんの話で、えりなも他に比べれば格段に治安面では安心できると思い、このコーポに決めたのだ。
 しかし、というか当然に、共同住宅ということで、ペット禁止であった。騒音にはことさら厳しい管理人さんは、部屋の住人には、
「騒音は絶対にいけません」
 と念を押していた。
 えりなも友達を連れてくるというつもりもなかったので、二つ返事で、
「はい」
 と答えた。
 そんなところに住んでいることもあって、ペットを飼いたいという思いはなかった。
――いや、本当にそうだろうか?
 えりなは、大学二年生の時に付き合っていた男性を思い出した。
 彼はえりなが初めて声を掛けた男性で、いわゆる
「逆ナン」
 だったのだ。
 どうして声を掛けたのか、その時の心境をあらためて思い出そうとすると思い出すことはできないが、急に思い出すことがあり、
――こんな感覚だったんだ――
 と、それがまるで昨日のことのように感じられるから不思議だった。
 彼は、えりなに従順だった。
――まるでネコのようだわ――
 と感じたが、えりなは不思議な気がした。
 なぜならえりなは、ネコが嫌いだったからである。
 子供の頃の友達にネコアレルギーの友達がいて、えりなが、ノラ猫と見つけては、
「可愛い」
 と言って、頭を撫でた時、彼女は露骨に嫌な顔をして、
「嫌っ」
 と言ってその場を立ち去った。
 ネコアレルギーなど知らなかった頃だったので、何が起こったのか分からなかったが、次の日に謝っても彼女は許してくれなかった。
 今から思えば当然である。
作品名:いたちごっこ 作家名:森本晃次