短編集38(過去作品)
靖子の第一声だった。有田も同じ言葉を返したが、お互いにまったく変わっていないことで、気持ちは知り合った頃に容易に戻ることができた。喫茶店に入ると募る話に花が咲いたが、時間の感覚が麻痺してしまうほど人と話をしたのは久しぶりだった。
今までの恋愛を思い出していた。
情熱的な恋愛が多かったように思う。最後は相手に冷められてしまうことが多かったがきっと熱くなりすぎるのが原因だろう。好きになる女性が、熱しやすく冷めやすいタイプの女性が多かったからに違いないが、得てして女子大生というのは、熱しやすく冷めやすい女性が多いのかも知れない。
今の靖子を見ていて、あの頃のようなきつさは感じられない。だが、根本が変わっているわけではないのだ。
「全然変わっていないわね」
この言葉は、お互いにその時に見えなかった心の奥を今感じているからに違いない。少なくと靖子の笑顔は前と変わらず有田に向けられている。
再会して初めて分かった。付き合い始めるのに言葉はいらない。靖子の目をじっと見てお互いに見つめあう。
「僕の部屋に来るかい?」
黙って頷く靖子、一度自分の部屋を見てほしかった。部屋に入ることで、自分を少しでも分かってほしいという気持ちが強いからである。
「綺麗なお部屋ね」
と言って、彼女が最初に見つめたのは、机の上に置かれた砂時計だった。
「私、砂時計が好きなの」
有田は何とも言えない嬉しさを感じ、
「どうして?」
と聞くと、
「普通は、砂が落ち終わった時間だけを感じるのが砂時計でしょう? 途中の過程は中々分からないもの。でも私は砂が落ちている瞬間瞬間が分かる気がするの。だから、砂時計をじっと見ていると、時間というものが本当に大切だって自覚できるの……」
これが靖子の発想である。
「靖子は素晴らしい感性を持っているんだね」
と言った瞬間、
――感性――
そうだ、今までの恋愛は感情から生まれ、感情だけで形成されていたものだ。何が足りないか分からなかったが、今ハッキリと分かった。その瞬間瞬間にある感性が分からなかったのだ。
――恋愛とは感情をぶつけるものではない。感性で結びつくものだ――
感情は一時的なものだということは分かっていた。感情から生まれ、形にしていくものがお互いの中での感性である。砂時計の砂が落ちていく瞬間だ。
だからこそ感性が必要なのだ。感性こそが永遠に二人を結びつけるものなのだろう。
真田と由美さんを見ていて、そのことにウスウス気付き始めたはずだ。そして会いたくなったのが靖子である。
暗くなった部屋で抱き合いながら砂時計を見た。砂が光っている。買った時に見た光を思い出した。
もうイライラも、堂々巡りもなくなっている。
靖子とはこれからもずっと付き合っていくことになるだろう。
感性で繋がっていることを自覚しながら、暗い部屋に息遣いだけが響いていた……。
( 完 )
作品名:短編集38(過去作品) 作家名:森本晃次