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④冷酷な夕焼けに溶かされて

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情欲


結局、あのまま深夜になってもミシェル様は戻らなかった。

ミシェル様の帰りを待っていたけれど、口移しで頂いた薬の影響なのか、強烈な睡魔に襲われた私は、気づけば眠ってしまっていた。

テントの隙間から射し込む朝陽の眩しさに、意識が覚醒する。

「…んー…。」

息を吐きながら大きく伸びをした瞬間、ゴツッと何かに拳が当たった。

「っ痛!」

低い声に驚いてふり返ると、こめかみに拳が当たった状態で、ミシェル様がギロリと睨んでくる。

「おま…どれだけ暴力女なんだ…。」

「す…すみません!」

慌てて謝ると、ミシェル様は大きく欠伸しながら起き上がった。

「…戻っていらしていたのですね。」

私も起きながら喜びを隠さず訊ねると、ミシェル様はサイドテーブルに置かれた水を汲んで飲む。

「ここしか寝るところないし、山の夜は寒いからな。」

言い訳のような言葉に、私は頬を緩ませた。

「出発前に、二人でお会いできて…嬉しいです。」

そう告げた瞬間、ミシェル様がななめにふり返る。

「おまえさ。」

「!」

こちらを向いた白い肌がほんのり赤くなっていて、その色香に心臓が跳ね上がった。

「そういうのは、計算?」

コップを手に持ったまま、にじり寄って来るミシェル様に、更に胸が高鳴る。

「『そういうの』とは?…。」

質問の意味がわからず首を傾げると、端正な顔が迫った。

思わず目を白黒させながら、後ずさる。

「くっ。」

すると、ミシェル様が喉の奥で笑った。

「剣とは違い、色事では隙だらけだな。」

言いながらもう一口、水を含むと、そのまま私の後頭部を引き寄せる。

重なった唇に驚いて息をのんだ瞬間、うすく開いたその隙間からミシェル様の熱い舌と冷たい水が滑り込み口内を支配された。

「っく…ん!」

体をふるわせる私を更に力強く抱きしめると、口の端から溢れる水を一瞬で舐めとりながら激しく舌を絡めてくる。

私は喉を鳴らして水を飲みこみ、昨日とは違う荒々しい口づけに必死で応えた。

ミシェル様は初めこそ乱暴に口内を掻き回してきたけれど、すぐに優しく愛撫するような甘い口づけに変わり、私を溶かす。

「…ふっ…。」

昨日より長い口づけに、息継ぎのタイミングがわからず、苦しくなった。

私が思わず頭をふって唇を離すと、艶かしい水音が一際室内に響く。

ミシェル様は、肩で息をする私を抱きしめたまま、端正なその唇に何かを咥えた。

そして、妖艶な色気をたたえた夕焼け色の瞳で私をとらえ、再び唇を重ねてくる。

差し込まれた舌から、また何かがコロリと口の中にこぼれた。

「…ん…?」

吐息混じりに首を傾げると、ミシェル様はコップの残りの水を一気にあおり、また唇を重ねる。

再び口移しで与えられた冷水を、今度は上手に貰うことができた私は、口内に入れられた物と一緒にごくりと飲み込んだ。

「昨日から思っていたのだが、ずいぶん信用してるのだな。」

甘い果物の香りのする吐息までも与えるように、ミシェル様は唇を重ねたまま小さく笑う。

「毒を飲まされたとは、思わないのか?」

言いながらチュッと啄まれた唇を、私は笑みの形に変えた。

「ミシェル様がくださるものでしたら、毒でも嬉しいです。」

その瞬間、わずかに瞼が見開かれるのが見える。

「『ヘリオス』は、バカの代名詞か?」

言いながら、きつく抱きしめられ、再び唇が深く重なった。

艶かしい水音を立てながら、お互いの舌を絡め合い、混ざり合う。

長い口づけの後、間近で互いに見つめあった。

「…ミシェル様…。」

頭の芯が痺れたまま、ぼんやりと名前を呼ぶ。

すると、その瞬間、ふいに首筋にやわらかなものが当たった。

「!」

びくっと肩を跳ねさせると同時に、私の首に貼られていた膏薬がミシェル様の唇で剥がされる。

「痣になっているな。」

言いながらミシェル様が、唇でそこを撫でた。

「…ん…。」

熱い頬が顎をかすめ、唇で撫でられるたびに鼓動が高まり体の芯がむず痒くなる。

「…これも、計算か?」

耳元で囁かれ、私の体が再び跳ねた。

「計…算?」

胸が苦しくて息も絶え絶えになりながら訊ねると、そっとそのままベッドへ寝かされる。

「…。」

夕焼け色の瞳に覗き込まれ、私はうっとりとその瞳を見上げた。

「おまえのその瞳が、吐息が、表情が、男を煽る。」

熱を孕んだ濃い橙の瞳を細めながら、ミシェル様が覆い被さってくる。

そしてやわらかく深く唇が重なると同時に、ミシェル様の大きな手がふくらみを包み込んだ。

(熱い…。)

熱い手のひらが、ふくらみを包み込んだままゆっくりと動く。

「…ん…ぁ…っ」

あまりの心地よさに、自分でも驚くほど甘い声が自然と出て、恥ずかしさに身動いだ。

「力を抜け。」

口調は冷ややかながら、その声色は背筋がぞくりと震えるほど甘い。

「っん…」

だんだんと下に降りていく手のひらに、感じたことのない快感を引き出された。

ミシェル様の肩口に顔を埋めると、ぎゅっと抱きすくめられる。

「!」

そして、片腕で力強く抱きしめられたまま、もう片方の手で愛撫されると、身も心も…頭の芯までもとろけていき、ミシェル様の中に溶け込んでいく心地がした。

「…ミシェ…」

「はいはーい。出発のお時間ですよー。」

甘い空気を断ち切る声がする。

口調はおどけているのに、恐ろしいほど無機質なその声色に、聞き覚えがあった。

ミシェル様も同じだったらしく、ゆっくりと腕の力を緩める。

そして、これ以上ないほど冷ややかで威圧的な表情で、声の主を見た。

「フィン…。」

低い声で小さく名を呼ばれたフィンは、黒装束の口元を覆う布を下げながら近づいてくる。

「男の朝は色々溜まってて、ムラムラしてるもんです。」

「!」

「ただ抜きたいだけで、愛なんてないんだから。簡単に許しちゃ駄目ですよ。『初めて』は大事にしなきゃ。」

(13才に、『男性』を語られた…。)

(というより、私が偽りの寵姫だと、フィンは知っていたのね。)

「…。」

ミシェル様は軽く息を吐くと、頭をガシガシ掻きながらベッドから降りた。

『所詮、おまえも女だな。』

そう嫌悪するように言い捨てたミシェル様。

だから、きっと今の行為もフィンが言う通りなのだろう。

「気に掛けてくれてありがとう、フィン。」

私は、乱れた衣服を整えながら、フィンに笑顔を返す。

「でも、それでいいのよ。」

幕内から出ようとしていたミシェル様の動きが、ピタリと止まった。

「私がミシェル様の事を好きだから、いいの。ミシェル様に抱きしめられるだけで、私は幸せに満たされるから。だから、ミシェル様から愛されていなくていいし、その相手に選んでもらえただけで嬉しいの。」

私の言葉に、ミシェル様は眉根をギュッと寄せながらゆっくりと斜めにふり返る。

「…そこまで隷属する必要はない。」

「隷属ではありません。」

私が否定すると、ミシェル様もフィンも訳がわからないといった表情を浮かべた。