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④冷酷な夕焼けに溶かされて

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魔性の一族


ミシェル様が腕組みしながら、夕焼け色の瞳をぎらりと光らせた。

「噂…ですか?」

首を傾げた私を、ミシェル様が冷ややかにふり返る。

「おまえ、戦場に出てた割に無知だな。」

(!…覇王様と同じことを言われた…。)

(さすが親子…。)

恥ずかしいやら悔しいやらで思わず俯くと、兄の声がした。

「ニコラは、敢えて学を得なかったのです!剣の腕だけでなく学問でも私より秀でていたら、私の立場がなくなります故!」

(…兄上…それは…)

「安心しろ。既にどちらも、おまえよりは秀でている。」

容赦なくバッサリとミシェル様に切り捨てられ、兄上は眉を下げる。

「こんなのが国王で、デューは大丈夫なんですか?」

フィンが遠慮のない言葉で更に追い討ちをかけると、リク様が切れ長の黒い瞳をふっと和らげた。

「頭脳明晰、文武両道な者が、良い国王とは限らない。」

「でも、深慮できる脳ミソは必要ですよ。」

「その能がなくても、良い家臣に恵まれれば良い。むしろ、国王は少し足りないくらいが、独裁的にならず良いかもしれない。」

(庇っているようで、庇っていないわ、それ…。)

「『少し足りない』レベルですか?」

「…。」

フィンの毒舌に、リク様が初めてこちらを見る。

兄上をジッと見た後、マスクから覗く切れ長の黒い瞳が三日月に細められた。

「私は、質実剛健な方だと思うよ。」

「!」

フィンとリク様のやり取りに落ち込んでいた兄上が、パッと顔を上げる。

「…しつじつ…ごうけん…」

何か言いたそうに兄上を見ながらフィンがおうむ返しすると、ミシェル様がくっと喉の奥で笑った。

「無表情で何を考えているのかわからない連中だと思っていたけれど、意外と面白いな。」

「でしょ?ここに義父上や義兄上が加わると、もっと面白いですよ!」

嬉しそうにカレン王が言葉を挟む。

「…史上最強で最麗の忍『ソラ』殿下と、花の都現国王の『カヅキ』王…か。ソラ殿下は、いまだ二十代に見えるとか?」

ミシェル様が顎に手を添えながら呟くように言うと、カレン王が満面の笑顔で頷いた。

「そうなんですよ~。最近は、私の方が年上に見えるので、ほんと困るんです。」

言いながら、眉を下げてため息を吐くカレン王。

そのころころ変わる表情を、マル様が冷ややかに見つめていて、思わず私はふきだした。

「!…すみません!」

一斉に注目を浴びて、顔を熱くしながら慌てて口元を手で覆う。

「あは♡笑われちゃった~。」

カレン王がとろける笑顔でマル様を見るけれど、それを完全に無視して、マル様はカナタ王子を見た。

「奏。」

名前を呼ばれただけで、カナタ王子はマル様の意思を理解したらしく、小さく頷く。

マル様はそんなカナタ王子から、ミシェル様へ視線を移した。

「まずは、私と奏が帝国に潜入します。」

突然の発言に、ミシェル様が僅かに目を見開く。

「麻流…。」

今まで朗らかだったカレン王の顔が、一瞬で強ばった。

「帝国の城は、おまえらを潜入させない造りになっているぞ。」

鋭い言葉にもマル様は表情を変えず、眼光を強める。

「はい。ですので、私とこの次期頭領で潜入します。」

「…。」

言いながら、マル様はカレン王と視線を交わした。

「まずは帝国を知らないと、具体的な計画を立てることができません。」

「…。」

ミシェル様は夕焼け色の瞳を冷ややかに細めると、腕を組み直して少し考える。

「稀代の最恐忍の腕前、見せてもらおうか。」

ミシェル様の言葉に、カレン王は一瞬目を見開いて、すぐに顔を逸らした。

固く握りしめられた拳は、膝の上で明らかに震えている。

そんなカレン王の手に、マル様は無言でそっと手を重ねた。

(冷ややかそうに見えて、すごく深い愛を感じる。)

このご夫妻が、どれだけ互いを想い合っているかが強く伝わってきて、私の心に暖かな想いが広がる。

マル様はカレン王の手を握りながら、その丸く大きな黒い瞳をリク様へ向けた。

すると、リク様は頷き、ミシェル様を真っ直ぐに見つめる。

この一瞬で、互いの考えを交わしたのだ。

(言葉はなくても、目で会話する。)

(これが、『忍』。)

「ミシェル様には、いったんルーチェへお戻り頂きます。」

言いながら、切れ長の黒い瞳を私へ向ける。

「そして、ニコラ様はデューへお送りします。」

「…え?」

思わず声を上げると、リク様が私とミシェル様を見た。

「私と星一族はそのままデューへ留まります。」

リク様の言葉にマル様は頷いて、鋭さを帯びた表情でミシェル様に当面の計画を話す。

「『デューはニコラ様を取り戻し、それと引き換えに拉致されていたミシェル様は解放された』という流れです。覇王は当然、拉致の首謀をデューと考え、殲滅しようとするでしょう。それを、ミシェル様にはご自身で親征する、とデュー侵攻を宣言して頂きたいのです。その結果、我がおとぎの国への侵攻は後回しになるでしょう。その目が逸れている間に、我らが帝国を諜報し、帝国攻めの計画を立てます。」

マル様の忍然とした姿に、喉がごくりと鳴る。

ミシェル様は、無言のままカレン王を見た。

すると、カレン王は諦めたように微笑み、ミシェル様を見上げた。

「お互い、暫く寂しいですね。」

どこまでも穏やかでやわらかなカレン王の雰囲気に、これからの不安がやわらぐ。

ミシェル様はそんなカレン王に冷ややかな笑顔を返した。

「それは、おまえだけだ。」

口調は冷めているものの、その声色には親しみが感じられる。

「だろ?」

ミシェル様は、皮肉げな笑顔でマル様を見た。

するとマル様が、ふわりと笑う。

(!)

冷ややかな表情しか見ていなかったので、初めてのやわらかな笑顔に、同性である私ですら胸がときめいた。

「私も、寂しいです。」

思いがけない素直な言葉に、更に胸が高鳴る。

(絶対そういうことを言わないタイプだと、勝手に思っていたわ。)

その瞬間、カレン王は頬を赤く染めながら、とろけるような笑顔でマル様を見つめた。

「…麻流…離れたくないよ。」

「私もです。でも、私以外にできる者がいないから、仕方ないでしょう。」

「どのくらいかかるの?」

「今回は情報収集だけなので、10日程度を考えています。」

「10日も!?…死んじゃうよ…。」

「このくらいで死にません。」

「違うよ!心が死ぬってことだよ!」

「…ああ、なるほど。そういう意味でなら、私も死ぬかも。」

「!…麻流…。」

急に展開した甘い雰囲気に、ミシェル様がサッと顔を背けたところで、私とバチっと視線が絡む。

「!」

珍しく動揺した表情になったミシェル様に、私も微笑んだ。

「私も…」

「続きは帰ってからやれ!…もういいから、全員下がれ。」

私からも瞬時に目を逸らしたミシェル様は、私の言葉を遮ってベッドから立ち上がる。

「では…ニコラ参ろうか。」

言いながら、兄上がベッドサイドへ近づいた。

その瞬間、ミシェル様が腰の剣を素早く抜く。

「ひっ!」

「ルーナは既に我が寵姫。兄といえど、男が気安く近づくな。」

(!)