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意外な言葉に、私はまじまじとミシェル様を見つめた。

(だって…ルーチェの後宮は、男性の出入りも恋愛も自由なのに…。)

ミシェル様はチラリとこちらを斜めにふり返ると、首を小さく左右にふる。

(余計なことを言うな、ということね。)

私が頷いて応えると、ふいっと顔を逸らされた。

「出発は、明日だ。」

言いながら再び兄上に向き直ったミシェル様は、剣先をその喉元に突きつける。

すると、兄上は体を大きく跳ねさせ、飛び退くように下がった。

「っ…ははっ！」

リク様はそんなミシェル様と兄上との間に、さりげなく体を滑り込ませる。

「本日は移動でお疲れでしょう。ゆっくりお休みください。」

切れ長の黒瞳を私からミシェル様に移すと、きれいに頭を下げた。

「それでは、失礼致します。」

そして、腰を抜かした兄上を連れて、一瞬で姿を消す。

「！」

私が息をのむのと、ミシェル様が息を吐くのが同時だった。

そんなミシェル様の前に、おとぎの国の４人が跪く。

「それでは、我らもこれにて失礼致します。」

カレン王は優雅に頭を下げると、華やかな笑顔でミシェル様を見上げた。

「全て解決しましたら、我が国をぜひご覧ください。」

カレン王の笑顔は、どんな空気をも一瞬でやわらかく暖かなものに変えてしまう。

「…ああ。」

鞘に剣を納めながら、ミシェル様が小さく答えた。

(素直に返事をした！)

ミシェル様の心をも溶かすカレン王に、私は舌を巻く。

腰をあげようとした４人に、ミシェル様が声を掛けた。

「カナタ。まだ私はおまえから一言の挨拶も受けておらぬが、このまま去るつもりか。」

ミシェル様の言葉に、カレン王が体をふるわせる。

(確かに、そう言えば声をまだ聞いていない。)

(というより、声どころか黒いマスクも外さないし、ずっとうつむいたままだわ。)

けれど、それはそんなに重要なことなのだろうか。

(たしかに、覆面をしたままなのは失礼だけれど…ご身分は確かなのだし。)

(礼儀正しいカレン王や麻流様が何も言わないということは、何か事情があるのよね。)

(そもそも、ミシェル様は、そういうことにこだわらない方だと思っていたけれど…。)

(でも、このカレン王の顔。)

カレン王を見ると、今まで見たことがないくらいに表情を強ばらせていた。

(今の言葉は、おとぎの国にとってはとてつもない圧力なの？)

そんなカレン王の隣で、マル様がカナタ王子の頭巾を取る。

すると、リオ王子と同じ、サラサラの金髪が零れ落ち、顔の半分を銀のマスクで覆った姿が明らかになった。

(銀のマスク…。ということは…)

「やはり、噂通り『術者』か。」

(！)

(これが、『噂』の真相…。)

ミシェル様の言葉に、伏せられていた瞳がゆっくりと開かれる。

輝くエメラルドグリーンの瞳と視線が絡んだ瞬間、私の心臓がどくんっと大きく高鳴った。

カレン王やリオ王子と同じ色の瞳だけれど、どこか魔性を帯びた不思議な輝きを放ち、視線が合っただけで体の奥深くがむず痒いような…ふわふわするような感覚がする。

(なに…これ…。)

「奏。」

ふり返らないままマル様が声を掛けると、カナタ王子が瞳を伏せた。

「お気づきの通り、奏は我が父、空(そら)の力を濃く受け継いでおります故、この視線も声も、凶器でございます。そのため、覆面を取ることも、ご挨拶させることもできませんでした。非礼を、どうぞお赦しください。」

マル様の言葉に、ミシェル様は小さく息を吐く。

「『色術の忍、空』の再来か。」

ミシェル様のひとり言のような言葉に、カレン王が深々と頭を下げた。

「は。この力を悪用されないよう、奏自身を一切表に出さないようして参りました。」

よく見れば、床につかれたカレン王の手は、固く握りしめられている。

「…なるほど。それもあって、覇王はおとぎの国に目をつけたか…。」

歯噛みしながら呟かれた言葉に、カレン王がハッと顔を上げてミシェル様を見つめ、マル様は静かに目を伏せた。

「それで、『他』は？」

ミシェル様は、訊ねながらコップに水を注ぐ。

「…はい。双子の第1・第2王子は19歳になりましたが、忍をしております。第3王子はこの奏(カナタ)、第4王子が里桜(リオ)でございます。」

(それで第4王子が、王位継承第一位なのね。)

「奏は我が国の星一族の次期頭領として、既に一人前の忍になっております。里桜は17歳になりましたので、最近では外交を学ばせております。里桜は今後またお目にかかる機会があるかと思いますが、宜しくご指導ください。」

カレン王が頭を下げると、ミシェル様はリオ王子とカナタ王子を交互に見比べながら、ぐいっと水を飲んだ。

「３人の子が忍…か。」

すると、カレン王は首を左右にふった。

「いえ、里桜の妹になる第1、第2王女も忍です。そのため、末の双子が王位継承第二位と第三位となりますので、本国にて教育致しております。」

(…えー…っと…、つまり…８人…。)

(は…８人もお子様がいらっしゃるの！？)

少女のように見える麻流様が、そんなにたくさんのお子様を出産されたことが驚きで、思わずまじまじとその可愛らしい容姿を見つめてしまう。

(…初産、いくつ？)

「忍率が高いな。」

そんな私の隣でミシェル様が喉の奥で笑うと、カレン王が華やかに微笑んだ。

「はい。忍は良いですよ～。美しく、強く、そして賢い。我が子達も、義父や麻流のようになってほしい、と期待しております。」

得意気な笑顔に、ミシェル様も頬を歪めるように微笑む。

「確かに。王妃は45に見えぬな。」

(45！！)

(嘘でしょ！？)

(ということは、カレン王は更にそれより…。)

「我が王妃の年までご存知とは、ミシェル様も隅に置けませんね～。」

からかうような口調ながらもそのエメラルドグリーンは鋭く冴え渡り、牽制していることが伝わってきた。

そんなカレン王の前に、ミシェル様はコップがたくさん並んだトレーを置き、皆に水をふるまう。

カナタ王子以外、全員笑顔を返しながらそれを受け取った。

ただの水だけれど、それだけで和やかな空気が生まれる。

「おまえは、あとでゆっくりな。」

ミシェル様が私にまで心遣いを向けてくださったことが嬉しくて、私が笑顔を返すと、なぜかミシェル様が視線をパッと逸らした。

その横顔は赤く染まっているように見え、思いがけない反応に、私の胸がドキッと高鳴る。

ミシェル様はへの字に結んだ口元を手の甲で隠しながら、ベッドから降りた。

そして、カレン王達の前に仁王立ちすると、瞬時に夕焼け色の瞳から熱が失われる。

「末の双子、我が国へ留学に出せ。」

さすがのマル様も、その突然の命令に目を見開き、カレン王を素早く見た。

カレン王はそれまでの優美な笑みを一瞬にして消し、底冷えのする冷笑を浮かべる。

(こんな顔…見たことがない…。)

「それは、できません。たとえそれが同盟国、花の都でも、大国ルーチェでも。」

一気に凍りついたその場の空気が、更に鋭さを帯び、リオ王子と私は思わず身震いした。