④冷酷な夕焼けに溶かされて
歪んだ愛
「覇王を葬る計画を立て確実に実行してみせろ。成し遂げたら、未来永劫ルーチェは他国を侵略しないと約束する。」
夕焼け色の瞳を冷淡に細めながら、ミシェル様は7人に告げる。
「…覇王を葬ると、帝国からの報復があるのではないですか?」
リオ王子が、かすかに声をふるわせながらミシェル様に訊ねた。
「それも含めて、考えろ。」
ミシェル様は、私が横になっているベッドの上で胡座に肘をついて、リオ王子を斜めにとらえる。
「…。」
ピシャリとはね除けられ、リオ王子がうつむいた。
「帝国は、後継者がいまだ未定でしたね。」
カレン王は、そんなリオ王子をフォローするようにその背にそっと手を添える。
「ああ。」
ミシェル様がぶっきらぼうに答えると、リオ王子が鋭く切り込んだ。
「お子様がいらっしゃらないのですか?」
「…。」
口をきゅっと結んだミシェル様を、カレン王がエメラルドグリーンの瞳でとらえる。
そして、ミシェル様が答えないことを悟ると、リオ王子にやわらかな笑顔を向けた。
「王子様が一人、いらっしゃるよ。」
すると、リオ王子が聡明な瞳を父に返す。
「王子様がいらっしゃるのに、なぜ後継者が未定なのですか。」
「王子様は既に属国の王位を継承されているので、帝国を継ぐことはできないんだよ。」
鋭い質問を繰り返すリオ王子に、カレン王は穏やかに、誠実に答えた。
(この方は、どこまでご存知なのかしら。)
のんびりしているようで鋭く、無能に見せかけて実は非常に優秀なカレン王に、心の奥底がざわつく。
「唯一のお子を…なぜ属国に?」
そんなカレン王に顔立ちはよく似ているけれど、リオ王子の聡明な表情は、マル様にもとてもよく似ていた。
「それが、覇王様の夢だったんだよ。」
「…夢?」
「そう。愛した人との間に授かった唯一のお子に、愛した人の国を継がせたかったんだ。」
「!!」
(この方は、全てご存知なのだわ!!)
「くくっ。さすが、よく知っているな。」
有能な人物が好きなミシェル様は、愉しげに喉の奥で笑う。
「まだ、何人も産めると高を括ってたんだろうな。」
「…授かり物ですからね、こればっかりは。」
やわらかな笑顔を向けるカレン王に、ミシェル様は口許を歪めて答えた。
「子だくさんのおまえが言っても、ピンとこないな。」
ミシェル様の軽口に、カレン王が照れ笑いを浮かべながら後頭部を掻く。
(子だくさんなのね。)
「…ま、だがその『王子』も、帝国なんか継がされなくて清々しているだろう。」
そんなミシェル様を、カレン王が澄んだエメラルドグリーンで真っ直ぐに見上げた。
「それは、心根がずいぶん美しくていらっしゃる。私なら、覇王様に人生を振り回された代償に、全世界を支配でき得るその権力が欲しいですけどね~。」
カレン王の瞳に、淀みはない。
今のはあくまで、素直な感想なのだろう。
けれど、それはあまりにも真っ直ぐすぎる言葉だった。
「だって、今までの仕打ちが愛情ゆえだとしても、きっと王子はそれに気づくことはできないし、そうとは思えない非道なことばかりされてきて、その都度心を切り裂かれてきたんですもん。そのくらいの代償を求めたって、罰はあたりませんよ。」
「カレン。」
マル様が、厳しい声色で諌めるように名を呼ぶ。
すると、カレン王はふわりと笑みを返し、ミシェル様へ頭を下げた。
「あ!心の中にいるブラックカレンが、つい出ちゃいました~。大変失礼致しました♡」
「…。」
カレン王の軽口に、ミシェル様は無反応だ。
(ミシェル様…。)
その様子に、心をえぐられたのではないかと心配になった。
悪意のない言葉ほど、深く刺さるものだから。
私は、ミシェル様の横顔を恐る恐るのぞき込んだ。
すると、カレン王を真っ直ぐに見つめ返す夕焼け色の瞳が目に入る。
その瞳は、意外なほど澄んでいて、負の感情が全く見当たらなかった。
むしろ、カレン王の言葉で初めて覇王から受けた今までの仕打ちの真実に気付き、それに対しての素直な反応を知った表情だ。
やわらかな弧を描く顎は微かに震えており、初めて見るミシェル様の動揺する姿に、胸がきゅっとしめつけられる。
それを見た瞬間、今すぐ抱きしめたい衝動にかられた。
今まで誰からも愛情を感じたことがなかったミシェル様は、今、カレン王の言葉で初めて覇王に愛されていたことに気付かされたのだろう。
けれど、それはとても歪な愛情だ。
その歪んだ愛情は、ミシェル様をずっと傷つけてきた。
そして…その心を歪ませてきた。
(カレン王の言う通り、『心を切り裂かれる』くらい傷ついてきたのでしょうね。)
『戦上手』と世界中に名を轟かせているミシェル様。
どんなに難しい戦況でも必ず勝利を勝ち取る知略に、各国は震撼し、戦意を喪失した。
(出会うまでは、戦好きの残虐な方なのだと思っていた。)
(けれど、それは違うと今はわかる。)
(だって、そうでなければ『覇王を葬れば、未来永劫ルーチェは他国を侵略しない』なんて言わないはず。)
(覇王に命じられるまま行ってきた遠征は、覇王からルーチェを守るため…)
そこでハッとする。
(ううん。)
(きっと、ご両親に認めて欲しかったのだわ。)
(ルーチェの役に立てば、愛してもらえると…。)
じわりと視界が滲んだ。
熱くなった目頭から涙が溢れないよう唇を噛みしめた時、こつんとこめかみに固いものが当たる。
見上げると、ミシェル様にげんこつされていた。
こちらを見下ろす夕焼け色の瞳がふっと笑みを帯び、口の端がわずかに上がる。
「共食いするな。」
(…共食い?)
首を傾げると、場違いに明るい笑い声があがった。
「ははは!ニコラは腹が減ると、自分の唇を食べるのか!」
「…!あ…兄上!」
兄にからかわれてようやくミシェル様のからかいに気づいた私は、顔を真っ赤に火照らせながら抗議する。
「どうせ共食いするのなら、あいつを食え。」
冷笑を浮かべながら、ミシェル様は兄を一瞥した。
(よほど嫌いなのね…。)
私が苦笑いした瞬間、黒い影が音もなく目の前に現れる。
「!」
咄嗟に懐剣を抜こうとした私を、ミシェル様が制した。
「星一族だ。」
その言葉に目をやると、確かにリク様と同じ黒装束姿だ。
「こら、奏(かなた)!突然現れたら、皆ビックリするだろ!」
口調は叱っているのに、何故か脱力してしまう。
「カレン。」
再びマル様に諌められたのに、カレン王はなぜか頬を赤く染めながら、ふにゃりと表情を緩めた。
それを見たマル様は呆れたようにため息をつくと、ミシェル様に頭を下げる。
「突然、御前にあがり、失礼致しました。これは我が国第3王子、奏でございます。」
「…噂の、リオの双子の兄か。」
作品名:④冷酷な夕焼けに溶かされて 作家名:しずか