バースト! 月島 綾香のおまじない
その下には、両手を上げた舞ちゃんがいた。
その技は前に見た。
素粒子を、物質を引き付ける力を操るんだ。
今は空気をひきつけあい、プラズマに、つまり炎に変える。
とたんに、巨大なかがり火が現れた。
2つのジェットがやって来た。
達美ちゃんと鷲矢くんはバランスをとり、排気をぶら下げた人に当てないよう、ハの字型に噴射している。
おろされると、その人はへたり込んだ。
ぬれてはいるけど、Yシャツは白く、ズボンもスーツ風。
男性だ。身なりは良い。
その体から、赤いロープのような物がスルスルと外れていく。
ロープは達美ちゃんの腕に吸い込まれていった。
ボルケーニウム。
達美ちゃんの表層に使われる、遠い宇宙からもたらされた超常物質。
熱でも衝撃でも自分のエネルギーに変え、今のように形を変えることもできる。
そうか。
熱い排気を当てないために、動くロープを使ったんだね。
「? あんたどこかで会ったこと、あるかね? 」
達美ちゃんが、男性の顔をのぞき込み言った。
20歳くらいかな。
青年は顔を背けるだけで何もしゃべらない。
「アー!! 」
その沈黙を破ったのは、栄恵ちゃん。
「いつぞやのコンサートで、タケ君を殴ったストーカー!! 」
私の背中にも冷たい物が走る。
栄恵ちゃんのいう事が本当なら。
「この男、犯罪者だ!! 」
それは、達美ちゃんがアイドルを止めるしかなくなった事件だ。
その日、達美ちゃんは鷲矢君を誘った。
2人にとっては数カ月ぶりにあう機会だった。
舞台の上と下で、感極まった2人は手をつないだ。
そしたら鷲矢君が、ストーカーに殴られた。
怒った達美ちゃんは、舞台を飛び降りて殴り返した。
人間のアイドルがやっても、クビは免れなかっただろう。
さらに達美ちゃんは、現役の兵器。
それが民間人を勝手に殴るなんて、あってはならない事だ。
たとえ相手が前にも暴力事件を起こしたとしても。
それが裁判所の判断だった。
男が、いきなり叫んだ。
足のすくむ、現実感のないほど大きな声。
それでいて、効き覚えのあるような。
そう、ハンターの叫び声によく似ていた。
とにかく、男は叫びと共に立ち上がり、走りだした。
岩場の駐車場へ、白い車に向かっている。
ハンターの解体場の前を通り過ぎた、あの軽自動車だ。
「待てえ! 」
最初に男を追いかけたのは、栄恵ちゃんだった。
男の背中に、蹴りを放つ!
その逃走と追撃は、一瞬で終わった。
達美ちゃんの機械の足は、両者にすぐに追いついた。
ジェットエンジンは出しっぱなしだけど、使った様子はない。
熱いから冷ましてるだけかもしれない。
達美ちゃんの左手は栄恵ちゃんの蹴りを、右手は男の襟首をつかんで離さない。
その上、達美ちゃんは2人を合わせたより重い。
唐突に、さっき男が上げた叫びの意味が分かったよ。
マワキ タツミチャン!
「離せ! 離してくれ!! 」
男はそれでもあきらめない。
前のめりになって逃げようとしている。
「いいの? 転けたら痛いよ? 」
それに対して達美ちゃんの声は落ちついていた。
「いいの? あんたもひどい目にあわされたんでしょ?! 」
栄恵ちゃんは私と同じ、納得いかないようだ。
達美ちゃんは栄恵ちゃんを離した。
「それについては裁判で決着済み。
ところで、まだ警察に通報してないよね? 」
そう言えば、まだだね。
「今はしなくていいと思う。
あんたも、その方がいいでしょ? 」
襟首をつかんだままの男にたずねる。
男は、へたり込むように頭を下げた。
「有村 修くん、だね」
達美ちゃんは聴いた。
「そう……です……」
返事は、蚊の鳴くような声だった。
結局、有村 修青年は私の家に連れてくることになった。
今は、お風呂に入っている。
鷲矢くんと小宮山さんは、こっそり監視中。
不審な物音を聞いたら、すぐにドアをケリ破ることになるだろう。
何しろ自殺志願者だから。
着替えは車の中にあった。
おまじないは、もうやった。
お風呂に向かう背中に向かって、瞬き3回。
ワン・サウザンド。ツー・サウザンド。スリー・サウザンド……。
だけど、どう話せばいいのか、わからない。
とにかく、ご飯をだす。
さしものハンター肉も、海に行ってる間に焦げてしまった。
買い置きのハンバーグをご飯に乗せて、ロコモコ丼にしよう。
あれ?
疲れた人に栄養たっぷりの物をだすといけないんだっけ?
「見たところ、大丈夫だと思う」
そう言ったのは、達美ちゃん。
もうジェットウイングはしまい、舞ちゃんと栄恵ちゃんと一緒にパーティーを片づけてる。
「でも意外ね。本当に、あいつの事憎くないの? 」
栄恵ちゃんが明け透けに聴いた。
舞ちゃんもコクコクとうなづいて同意をしめす。
「まあ、なんと言うかな」
達美ちゃんは言葉を探すためか、しばらく黙った。
「有村くんとは、事件の時と裁判の時にしかはっきり会ったことがないの。
でも、事件と裁判の時で、性格が変わってるのが、印象に残ってる」
? 何それ。
「事件、と言うか、コンサートに来る時は荒々しい性格」
それは、あなたのファンには珍しくない事ね。
「裁判の時は、ずっと怖がって震えてた」
「それって、よくある事じゃないの? 」
栄恵ちゃんの質問。
「まえに、アイドルとして人にあっても、相手が自分を取り繕うとするから、立派な事を言ってても本気かどうかわからない。って言ってたじゃない」
舞ちゃんも、私もそう思う。
でも、達美ちゃんの答えは。
「私も最初はそう思った。
でも、気になることがあるの。
裁判では、裁判官とかいろんな人が話し合って判決をくだすよね。
でも、有村さんはそういう人たちの話を聞かないし、信じようともしないみたい。
本当の事を言え! とか、わけがわからない事言うな! とか。
あれ、なんだったんだろう……」
まさか、裁判で勝っても喜ばなかったんじゃない?
「よくわかったね。むしろ戸惑ってる感じだった」
ニュースでは、兵器の管理をどうとか、神妙な面持ちで語ってたと思うけど。
すると舞ちゃんが、スマホに何か書き込んで見せた。
『有村さんには真実とは違う、信じたい事実があるのでしょうか? 』
自分が変態だと思い込みたいって事?
『それはありえると思います』
再び書き込む。
私が変態という言葉を使ったからか、赤い顔して。
『自分をダメな存在だと思いこみ、それを認識できるから自分は正しい。と思いたいのでしょうか』
「ヒドイ話ね」
栄恵ちゃん。
「いいわ。私たちで励まそう! 」
私もそう思った。
でも、達美ちゃんからでたのは警告の言葉だったの。
「そうそう。有村君には直接叱ったり、がんばれ、なんて言うのはだめだからね」
それは何で?
「自殺しようとしていたという事は、彼の精神は限界まで疲れているという事。
向こうから、話しやすくするの」
そして、いつも通りのリラックスした言葉で付け足した。
「いいじゃないの。
作品名:バースト! 月島 綾香のおまじない 作家名:リューガ