バースト! 月島 綾香のおまじない
もうしばらく、美味しいもの食べて、ゲームでもしてれば」
「……い、ただきます……」
有村さんは、また蚊の鳴くような声。
おずおずと即席ロコモコ丼とお味そ汁を口に運ぶ。
その姿には、一片の暴力性も見いだせない。
いえ、だからこそキレると、そうなるのかな?
……美味しい?
「はい、とても」
6人の目でジロジロ監視したら、精神的に追い詰めることになって良くない。
達美ちゃんのアイディアで、みんなは関係のないことをしている。
響くのは海水にぬれた服を洗う洗濯機の音。
男の子たちには、舞ちゃんがこっそりメモを見せた。
思慮深い人たちだから、心配はなさそう。
一度は有村さんを蹴り飛ばそうとした栄恵ちゃんも、おとなしくソファでテレビを見て……。
「グ―」
寝てる!
小宮山さんが、新しくハンター肉を焼いた。
最初は誰もが食べるのにおっかなびっくり。
だけど、有村さんはすぐ慣れたらしく、次々に平らげた。
意外と度胸あるね。
食事も終わり、私はいれたてのコーヒーを持って行った。
私の好きな砂糖とミルクも一緒に。
「どうぞ」
有村さんはブラック派らしい。
落ち着いた顔は、けっこうかわいかった。
そう思ってたら突然、話しかけられた。
「あのさ、そろそろ尋問と言うか、俺の話しを聞いた方がいいんじゃないの? 」
……なんでそう思うの?
「だって、兵器なら公共の福祉、犯罪の予防に務めないと……」
そう言われ、視線を向けられた達美ちゃんは。
「そう? じゃあ……。
ねえ、あなたって、嫌なことがあると、正義感を持って解決しようとするよね」
話し始めた。
「あの時だって、タケくんを私の優しさにつけ込む悪いやつだと思ったから殴った」
「あんたが気前良すぎるのよ」
栄恵ちゃんだ。
起きてたんだ。
「握手した相手がパンチラ撮ってブログに載せてたりしたじゃない」
有村さんに、過ちを犯したのは自分だけじゃない、と伝えて励ますためかな?
まさか達美ちゃんに話しかけるとは。
達美ちゃんが頭を下げる。
「それは、反省しています。
それに比べれば有村さんは、誠実な感じがするよ。
裁判の発言も誠実な感じだったって、タケ君も言ってたじゃない」
鷲矢君が、うなづいた。
「で、今日の事は、何があったの? 」
達美ちゃんの言葉に、有村さんの表情は硬まった。
そのまま。だけど、意を決したようで話しだした。
「い、居場所が無くなったからだ」
絞りだす。そんな感じのかすれた声。
「裁判では、あんた達の責任……なぐった俺の拳が折れたとか、そういう事に焦点が行った。
だけど、身近な人たち、両親にとっては、そうじゃなかった。
無神経、無責任、暴力性が、おまえの本質だとののしられた。
アイドルを追いかけた事は、軟弱さの表れだと言ってたよ」
次第に涙声がまじってきた。
「これでも、会社では若手筆頭と呼ばれてたんだ。
1人暮らしだって、サークルでやってたサッカーだって、しっかりできたという自負もある。
だけど、どれも失った。
親が、会社やアパートやサークルに連絡したんだと思う」
そして、みんなを見ながらつぶやく。
「なあ、俺のことを情けないと思うか? 」
「もう少し聞かせて」
私の口が動いた。
自分でも不思議な、勝手に動いた感じ。
ゲスな好奇心? 本気で必要だと思った?
とにかく、生まれて初めて感じる強い欲求で、聞きたいとおもった。
「そうだね……。
自慢するわけじゃないけど、そこそこ人気ブロガーだったと思う。
1日に700ぐらいアクセスがあったし。
君たちの特殊な事情や、巻き込まれた事件。
その苦難については理解していた、と思いたい」
ハンター・キラーについてや、達美ちゃんや舞ちゃんや仲間たちが、強さを見込まれて異世界に召喚された事件の事ね。
「今じゃアクセス数0。
代わりに、こんなうわさが立った。
真脇さんがハンター・キラーになったから、それを追ってハンター・キラーへの転職がふえる。
それで兵器が売れる。
結果、日本の治安が悪くなった。とね」
その噂なら、みんな知ってる。
そもそも達美ちゃんのファンは、20年前から増え続けるハンター・キラーや警察、自衛隊などだから。
でも、達美ちゃんは失脚した。
そのことで、それまでの居場所も不確かなものに思えた人たちが、追いかけて……。
だけど。
「そう。それだけがハンター・キラーになる理由じゃない」
有村さんは分かっていた。
「お金やスリルを求めて。異能力を生かせる職場。無人兵器が発達して、無能力者でも安全になったのも増える理由だね。
でも、理由なんて千差万別。
本人のほかには分からないけどね」
有村さんは、もういっぱいいっぱいです。という感じで言葉を断ち切った。
「ごちそうさま。
言うだけ言ったらすっきりしたよ」
その時、洗濯が終わったことを示すブザーが鳴った。
私は洗濯物を取りに行く。
そう離れていないから、話は聞こえる。
「で、どうする気なの? 」
達美ちゃんだ。
「自殺は止めだ~! 」
初めて聞く有村さんの明るい声。
そして大きく伸びをする気配。
でも、わざとやって見せてるみたいだ。
「別に親にオンブでダッコで生きてたわけじゃない。
蓄えだってある。
せっかく、遠くまで来たんだから、どこかで再就職を目指すよ」
多分、彼の言葉にうそはないだろう。
でも何か、してあげなきゃいけない気がした。
「待ちなさい! 」
私は洗濯物を入れた袋を手渡しながら言った。
あのMVさながらの、女王様ボイスで。
「1つおまじないを覚えていくといいよ。
相手と仲良く話したいときの物だよ」
有村さんはキョトンとしている。
「相手の背中に、3回まばたきする。
ワン・サウザンド。ツー・サウザンド。スリー・サウザンド……」
有村さんは、さすがに吹きだした。
「なんだ、それ」
でも、悪い気はしない。
「そうです。おまじないなんて、単なる時間稼ぎ。
でも、それをしている間、私たちはその問題に向きあってる。
だったら、その分私たちの姿が目につく可能性だって高まるはず。
きっと、あなたの事を見てる人だっているはずです」
彼は、再び歩きだした。
さっきよりは力強い足取りで。
きっと彼は救われる。そして私も。
私たちは、お互いを助けあったんだ。
作品名:バースト! 月島 綾香のおまじない 作家名:リューガ