短編集37(過去作品)
火葬場からの帰り道に見た夕焼け、あれこそが紛れもない影とは関係のない本当の世界、その中で少しだけ、意識しなければ分からないほど微妙な時間帯があった。それが夕凪という時間帯である。
――意識などしなければよかった――
そう感じた人が今までに何人いたことだろう。
靖は少なからず今そのことを感じている。嫌な予感がしているわけではないのだが、影の存在を意識していることは事実である。影を意識してしまうと、目の前に見えるのは真っ青な空、その横ですすきの穂が身じろぎすることなく空に向って生えているのが見える。手を伸ばせば掴み取れるように見え、手を伸ばすが、空に届くどころか、すすきの穂に届きもしない。相変わらず真っ青な空が近いのか、遠いのかを考えているうちに、空が真っ赤に変わってきた。
オレンジ色ではなく、真っ赤である。
――夕焼けというのはオレンジだと思っていたが、本当は真っ赤なのではないだろうか――
じっと空を見つめているから気付くのである。真っ青な色が目に目が慣れていることで、目が本当の空の色を知ってしまったのだ。真っ青と真っ赤が融合して夕焼けがオレンジ色に見えてしまっているが、本当は真っ赤なのだと知っているのは影だけだ。
――影は何でも知っている――
本当の空の色だけではない。影の世界から見ていると、実際の本人には見えない死界になっている部分も見えてくる。自分だけではない、他人の死界まで見えてくるのだ。
――影の世界に行ってみたいな――
いつしか考えるようになっていたかも知れない。
小さい頃に見たテレビで、
「星の世界に行ってみたい」
と言っていたセリフを思い出した。星の世界と言っても、科学的に考えれば水も空気もない他の惑星で暮らすなど現実的にできるはずもないことは分かっている。
――どうして、そんな非科学的なことを考えるんだ――
と思いながらも気になっていた言葉である。ドラマとすればロマンチックなセリフだったに違いない。だが、靖はそれを非現実的だと思いながらも、それ以外に何かを感じていて忘れることができなかったのだ。
それを思い出すことができたのが、影を感じることである。影の世界が存在するとしても、普通だったら、そんな世界に行ってみたいなどと感じることはないだろう。いくら何でも分かるとはいえ、孤独な世界で、自分ひとりでは何もできない世界だ。
――だが、行ってみたい――
そう感じるのは、この瞬間に感じたからに違いない。
夕焼けを見たあとの夕凪の時間、本当なら一番気持ち悪いはずの時間なのに、ずっと続いてほしいと感じる今だからこそなのだ。
予知能力でもない。デジャブーでもない、そして前世に思いを馳せる。
――前にどこかで……
という気持ち、それを感じるようになってから、すでに靖は影の世界の自分と入れ替わっているのだった。そのことを知っているのは、誰もいないだろう……。
( 完 )
作品名:短編集37(過去作品) 作家名:森本晃次