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彷徨う記憶

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 その息子が相談してくれた時、正直嬉しかった。相談してくれたことに対しても嬉しかったし、孫ができることはもっと嬉しかった。老人には。その時、孫は娘であることを直感していた。娘以外は考えられなかったのである。
 想像通り生まれた孫娘は目に入れても痛くないとはこのことだと言わんばかりの可愛がりようだった。時には厳しいこともあり、孫娘から、
「おじいちゃんなんて嫌い」
 と言われながらも、
――子供はすぐに忘れるからな――
 と自分に言い聞かせていた。微妙なところは違っていても、大体考えていた理想の娘に育ってくれているようだった。
 一番嬉しいのは、
「他の人のいうことと違って、おじいちゃんの言葉は、素直に聞けるもん」
 と言ってくれた。
「そうかい?」
 と聞くと、
「だって、一番優しく教えてくれるし、分かりやすいもん」
 という答えが返ってきた。
 老人が浩司を見て感じたのは、
――息子に似たところがある――
 というところだった。二人きりになれば、何でも話をしてくれそうな雰囲気が浩司にあった。浩司も父親へは偏見の念しか抱いていない。老人のような話を聞いてくれる人を父親にできたらいいのにと思ったことだろう。
 もっとも老人の息子も、学生時代は無表情で何に対しても無関心な時期があった。
――どんな心境になれば、何事にも無関心だという表情ができるのだろう?
 と、ずっと気に病んでいたが、実は考えていないように見えて、いろいろ考えているのだ。あそこまで無表情になれるのは、よほど自分の世界に入り込み、ものを考えている証拠である。だから、彼にはストーカーなどしている様子は見られないのだった。
 老人は、数日浩司を見張ってみた。生活を見ているうちに、やはり自分の息子に似ていることに気付く。浩司は老人につけられていることなどまったく分かっていないようだ。一つのことに集中すると、まわりが見えなくなる性格も、老人の息子に似ていた。
 浩司のことを見張るのを止めて、帰途に就く途中、公園に立ち寄った。
 デッサンをしている一人の絵描きの女の子を見かける。その後ろから一人の老人が覗いていた。その老人を見ると、日光に邪魔されて、顔がシルエットでしか浮かんでこない。
――孤独な老人――
 ただ、他人事とは思えなかったので、しばし見つめていたが、顔が見えないにも関わらず表情だけが想像できた。これ以上ないという笑みを浮かべるその顔は、今の自分を鏡で映したかのようだった。
――同じ顔は、同じ次元では存在できない――
 他の人がどのように見えているかが疑問だったが、ひょっとすると、他の人にはどちからの老人しか見えないのかも知れない。
――私の存在に気付いている人はどれくらいいるのだろう?
 これも昔に感じたことだったような気がする。同じ思いを浩司も、子供が生まれたその時に感じていたことを、老人は知る由もない。

 麻衣の死産が発覚したのは、あとひと月ほどで、いつ陣痛が起こってもおかしくないと言われていた時期だった。何が原因での死産だったのか、浩司には分からない。医者の話では、ごくまれにそういうことがあるという話だったが、二人のショックはかなりのものだった。
 麻衣は、しばらく放心状態で、気が付けば、産婦人科に姿を見せたこともあるくらい精神的に参っていた。神経内科に入院させたおかげで、戻ってきた時は、かなり明るくなっていた。
 また絵を描き始めたが。その時の絵が、赤ん坊を抱きかかえる両親が描かれていたが、両親の顔がシルエットになっていた。そして、同時に描いた絵が、絵を描いているシルエットの女を後ろからシルエットの男性が覗いている。その中に描かれた男女は、里美とシルエットの男であった。
 麻衣は浩司の性格の中で一番嫌いなところが、都合の悪いことはすぐに忘れてしまうことだった。
――まさか、浩司のその思いが高じて、私のお腹の中から、赤ん坊が消えてしまったのかも知れないわ――
 という妄想を抱いていた。そこには里美の存在が不可欠であり、描いた絵に、赤ん坊を抱いている里美が描かれていたのかも知れない。
 老人が見た浩司の無表情なさまは、将来の浩司を暗示していた。麻衣の復讐の念が憎悪となって膨れ上がり。浩司に何かの危害を加えようと暗躍していた。浩司自身も記憶が欠落したのではなく、まったくなくなってしまったところにできてきた記憶が今のすべてだった。
 それぞれ違う次元で同じ人を相手にしながら、欠落した記憶や憎悪を含んだ感情に揺れ動かされて、生きていた。それをある程度掌握していた女性が由香であったが、彼女の予言は予言ではなく本当のことである。なぜなら、欠落したすべての記憶を知っているのだから、当たり前のことだった。
 高杉や祥子も、二人の記憶の中では多くな役割を示している。本人には気付いていないだけだ。浩司が、老人くらいの年齢になった時、ハッキリすることも出てくるだろう。
 そういう意味では浩司は老人の年齢まで生きていることはハッキリしている。その時には孤独な老人になっていることだろう。もし、麻衣の子供が生まれていれば、孫娘がいるかも知れない。だが、孫娘が浩司の視線を気にすることはないだろう。やはり、子供が生まれていれば浩司が子煩悩になったのは間違いないことだからである。
 麻衣とだけの人生を考えれば、これ以上の人生選択の幅は広がらない。ただ、可能性として存在するということは、里美を選んだ場合の可能性が残されている。その時こそ、浩司は高杉や、祥子と正対した人生を歩むことだろう。懐かしさは可能性がもたらしたものである。
 この物語は、もう一つの可能性を問題として提起しながら推移してきた。子供が生まれる生まれないで、人生が一変している。複数の女性を愛するということを悪いことだと最後まで思っていない浩司は、いくつの人生にある選択肢に気付かずに来たのだろう。麻衣が宿した子供の冥福を祈りながら、浩司の運命は封印しようと思う。

――この物語りに登場したすべての人に幸あれ――

 と思うのは、無理なことなのだろうか……。

                 ( 完 )



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作品名:彷徨う記憶 作家名:森本晃次