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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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トラブルシューター夏凛(♂)1 堕天使の肖像

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「助けに来てあげたんじゃなくて仕事で来たんでしょ?」
 華奢で小柄な身体をした夏凛は、涙ぐんだ瞳で上目使いをして時雨を見上げた。その表情は激マブだった。
 その時突然水しぶきが上がり、下水が大きく波打った。そして、巨大な海蛇の頭部が水の中から奇声を上げながら飛び出した。
 下水とは不釣合いに美しい、きらきらと光り輝き、透き通るような身体と鱗が二人の目に入る。
 長いニ本髭がまるでそれ自体が生きているように動いている。そうこれが帝都の下水に棲むキメラの中で最も出会いたくない大海蛇リヴァイアサンだ。
 二人は顔をしかめた。できればこんなものとは戦いたくない、それが二人の本音だった。しかし、運命を皮肉なものである。
 リヴァイアサンの尻尾の先が遠くで水面を叩き、水しぶきを上げたかと思うと、突然夏凛に狙いを定めて襲ってきた。夏凛についているアーマーの粘液の匂いに反応したのだ。
 リヴァイアサンの頭は夏凛のドレスをかすったが、どうにか一撃目は避けることができた。しかし、リヴァイアサンの頭は蛇のようにくねりすぐさま二度目の攻撃を仕掛けて来る。
 夏凛は何も握っていない腕を力強く振り下ろした。――その表情が曇る。
「鎌のストックが切れたぁ〜!?」
 夏凛は異空間に愛用の武器である大鎌を保管して置いて、いつでも取り出せるようにしている。その大鎌のストックが全て切れてしまったのだ。
 大きな口を開けたリヴァイアサンの頭部が夏凛を喰らおうとしたその時、下水道がまばゆい光で包まれた。
 その光でリヴァイアサンの動きが一瞬怯んだところを時雨は愛用の光り輝くライトサーベルのような妖刀村雨で、その胴体を輪切りにした。
 リヴァイアサンの身体の一部が大きな音を立てて地面に落ちた。その切り離された身体は未だに蛇のような動きを見せている。
 切られた頭部は時雨へとその身体の方向を向け、飛び跳ねるように襲い掛かって来た。
 一瞬の出来事に避ける暇もなく、大きな口に生えている鋭い牙が時雨の身体を捕らえて離さない。
「兄さま!!」
 夏凛の叫び声も虚しく、驚異的な生命力を誇るリヴァイアサンの頭部は、時雨の身体を捕らえたまま下水の中へと引きずり込んでしまった。
 そして、そのまま下水の流れに乗り遠くへと流れて行き、ついには夏凛の視界からその姿を消した。
「兄さま〜っ!!」
 手を伸ばすが、そこにはもう時雨の姿はない。
「兄さま、兄さま……のことだから心配しなくても平気だよねっ!」
 伸ばした手はいつの間にか振られ、バイバイのポーズをしていた。
「さ〜てとっと、早く家帰ってシャワー浴びたいなぁ」
 夏凛は本当に時雨のことを溺愛しているのだろうか? 時雨のことをよく知るからこそ取れる態度なのか……?
 武器を失った夏凛だが、あの場所に置いてきた大鎌を取りに行こうという考えは全くない。蟲を切ってしまった鎌などもう触りたくもないのだ。
 武器が無くとも夏凛は十分戦えるだけの戦闘能力を兼ね備えている。その華奢な身体からは考えられないほどの瞬発力・敏捷性・筋力を持っている彼は本来肉弾戦を得意としていた。鎌で戦うのは彼の単なる趣味だった。
 薄暗い下水道の中を水の流れとは逆の方向に走る。ここは海が近いので水の流れに沿って進めば直ぐに海に出て地上に出られるかもしれないが夏凛はより自宅に近づく道を取ったのだ。
 それに地上に出ることを夏凛のプライドが拒んだ。こんな汚れた身体ではタクシーも乗せてもらえないし、それ以前に人に見られることが恥ずかしい。こんな姿を人に見られたら週刊誌のネタにされて帝都市民の多くに自分の失態を広められてしまう。
 このまま自宅近くのマンホールまで走って行こうと夏凛は心に強く誓った。しかし、自宅までの距離は六〇キロメートル以上あるだろう。夏凛が下水道を出れるのいつのことだろうか?
 走りながら夏凛は闇の中から自分が鋭い眼つきで何かに見られていることに気が付いた。というより、夏凛はそんな生物たちをなぎ払うが如く蹴飛ばしながら疾走を続けていた。
 夏凛の足が不意に止まった。多くの生物がいる気配を前方から感じ取ったのだ。
 ランプが備え付けられているとはいえ、下水道の中は薄暗い。そして、ここに漂う雰囲気がより一層暗さを深めていた。
 闇の中に長い時間いたことによって、夏凛の目は暗闇に慣れ遠くまで見通せるようになっていた。
 前方にいるのは巨大ネズミの大群だ。その数ざっと二〇匹以上。
 ネズミたちは大型動物の屍骸に群がり貪り喰っている。
 道は完全にネズミたちによって塞がれている。
 追い払うには数が多い、蹴り飛ばして倒すにしても数が多い。勇猛な戦士だとしても、やはり一対複数には苦戦を強いられることは必定。
「わぁーっ!!」
 夏凛は大声を出して巨大ネズミたちを追い払おうとしたが、普通サイズのネズミであったならば逃げ出したに違いない、しかし、巨大ネズミは身体も大きければ肝も大きいようだ。
 ネズミどもは夏凛のことを一瞬睨んだような眼つきで一瞥すると、すぐに食事を再開した。
 腕組みをして考え込んでしまった夏凛に対して、食事を終えたネズミたちは次の獲物をギロリと一斉にして見定めた。
「私?」
思わずそんな言葉を発してしまった。夏凛にも自分がこれから巨大ネズミどもに襲われることがわかったのだ。
 まるで地面が波打つようにしてネズミ色のモノ近づいてくる。
「マジで!?」
 予想していた結果とはいえ、一瞬身体を凍りつかせてしまって逃げるのに少し出遅れた。
 走り出した夏凛の後ろを巨大ネズミの大群が差し迫っていた。
 可愛くとも何ともない巨大ネズミの鋭い前歯が、夏凛の足に噛み付こうとした刹那。ネズミたちの動きが急に止まり、夏凛も身動きを止めた。
 下水の流れる音以外の音が一切止んだ。
 夏凛は目だけを動かし辺りの気配を探り、ゴクンと唾を呑み込んだ。
 波打つ下水。そして、波間から覗く煌く鱗。
 水しぶきを上げながら巨大な頭を出し、再び夏凛の目の前に現れたのは帝都大下水道に棲む大海蛇リヴァイアサンだ。
 生息数の少ないリヴァイアサンに一日のうちに二度も出遭うなど何たる不幸なことか……。
 身動きすること、逃げることを放棄してしまった巨大ネズミたちに巨大な口が喰らい付き、呆気なく丸呑みにされた。
 呑み込まれていくネズミたちをただ呆然と眺めてしまっていた夏凛は、ふと我に返り逃げ出した。リヴァイアサンがネズミたちを喰らっている今ならまだ逃げ切れる。
 だが、しかし、夏凛の考えが読まれていたかの如く、ネズミを喰らっていた筈のリヴァイアサンが状態をくねらせて、大きな身体で夏凛の行く手を塞いでしまった。
 走るポーズをしながら夏凛は身動きを止めてしまった。そこへリヴァイアサンがその頭を槍のようにして襲い掛かってきた。
「あ、あのね、私の身体ムダなお肉ないからおいしくないと思うんだよね……」
夏凛の懇願虚しく、獲物をその大きな口で喰らい付こうとするべく襲いかかったのだが、巨大な口はガシッという歯の噛み合わさる音を立てて空を噛み千切り首を大きく横に振った。
「わおっ!」