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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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トラブルシューター夏凛(♂)1 堕天使の肖像

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第5章 大下水道


 暗い大きな長方形の筒の中を落ちていく――。
 一〇メートル、二〇メートルと身体が地球の引力に引かれるなか、夏凛はスカートが舞い上がらぬよう押えながらこの危機的状況について考えた。
 このまま地面に落下すれば、まず普通の人間では助からない。潰れたトマトより悲惨な状況になることは明白だ。だが夏凛の考えていることはそれではない。
 夏凛の足が地面にふわりと羽根が落ちるように音もなく触れた。そして、彼は暗闇に包まれる上を見た。
「う〜ん、登るのどうしよ」
 夏凛が考えていたのは着地の心配ではなく、脱出の方法だった。
 地面に何事もなく着地した夏凛。彼は何か不思議な魔法でも使ったのか? それとも彼の美しさは重力すら無効にしてしまうのか?
 上へ登るのは無理そうだ。それ以前に辺りは暗闇に包まれ何も見えなかった。だが突然ライトが点けられ辺りを強く照らした。
 一瞬目を細めた夏凛であったが直ぐに目を大きく見開き、自分の居る場所の現状を見た。
「あらら〜」
 床には紅くこびり付いた染みが各所に見て取れる。そのまま目線を前方の壁の隅まで持っていくとそこには動物の骨が山済みにしてある。恐らくあれは人間の骨だろう。
 スカートをふわりと巻き上げながら夏凛はバレリーナのように一回転し辺りをぐるっと見回した。
 部屋の大きさは落ちて来た穴より断然広く、壁は頑丈そうな金属でできている。そして夏凛の目を一番引いた物は大きな鉄格子の扉だった。

「こっちが中か、あの向こうが中か?」
 鉄の扉がぎしぎしと音を立てながらゆっくりと開き、しばらく経って中から巨大なキメラ生物三匹が奇怪な鳴き声と共に現われた。
「やっぱりあっちの為の鉄格子かぁ」
 鉄格子の中から出てきたキメラの通称は『アーマー』、突然変異による自然発生型の妖物と言われている。その体長は約五〜六m、全身が硬い甲殻に包まれていて、くすんだ白い色をしている。そう例えるならば白い色をした巨大ダンゴムシのような生物だ。
「ムシこわ〜い」
 寒気を発した夏凛の全身に鳥肌が立った。
 アーマーの身体に埋め込まれている五つの赤い眼が計十五個、狙いを定めた。もちろん獲物は夏凛だ。
 三匹の蟲が身体に似合わぬ俊敏な動きで夏凛に襲いかかる。それを見た夏凛の顔は蒼ざめた。夏凛は大の虫嫌いだった。
 必死で逃げる夏凛を蟲たちが『キシャーッ』という空気を吐き出す音を立てながら何本もの足をばたつかせ追いかけてくる。しかも三匹の蟲たちは確実に連携して動いている。アーマーは犬程度の頭脳を持つ蟲と言われていた。
 そして、ついに夏凛は部屋の隅へと追いやられてしまった。その瞳には大粒の涙が浮かぶ。
「ムシヤダ、ヤダ、ヤダ〜っ!!」
 悲痛な叫びだ。
 どこからともなく取り出した大鎌を持つ手が震える。できればこの鎌でムシを斬りたくない。直接触れるなどもっと嫌だ。どうにかしてこの危機的状況を脱出できないものか?
 三匹の蟲と夏凛の一方的な睨み合いが続く、どちらも全く動く気配はない。蟲は獲物を捕らえる準備をしているのだ。
 冷たい汗が白い頬を滑り落ち地面で四方に弾けた。夏凛が一滴の汗を流した。これは驚くべきことである。
 夏凛はどんなに暑くとも汗を流すことがなく、一部の間では『恐怖の汗かかない娘?』と呼ばれているそんな夏凛が汗をかいたのである。これは大事だ。この汗を回収すればきっとマニアの間で高値で売れるに違いない。
 三匹の蟲が一斉に飛び上がり襲い掛かって来た。下部に付いた鋭い牙の生えた口が蠢いてるのがよく見える。
 意を決した夏凛は鎌の枝を握り直し、飛翔し一匹の蟲の腹に当たる部分を切り裂いた。切り裂かれた腹から勢いよく緑色の粘液が飛び出し夏凛の顔を汚した。
 アーマーの甲殻はダイアモンド並みの強度を誇るが腹部に当たる部分はぶよぶよしていて柔らかい。そこを攻撃してやればいとも簡単に仕留めることができる。
 アーマー一匹を見事仕留めた夏凛であったが、その表情は魂が抜けたように虚ろで、鎌が手から滑り落ちた。そして、床にへたり込み目を閉じた。
 蟲たちが一斉に粘糸を吐き出した。
 糸は宙を広がりながら夏凛に襲い掛かる。粘糸は彼の腕を捕らえた。足を捕らえた。そして、身体全体を捕らえた。
 身体にベトベトと巻き付いた粘糸を取ろうと夏凛は悶えるが、動けば動くほど糸は身体に纏わり付き夏凛の自由を奪う。
 糸の切れた操り人形に残り二匹の蟲が襲いかかる。
 糸のキレた操り人形の口の端が少し釣り上がった。
「ああん、テメーらふざけんなよ、俺様を誰だと思ってんだオラッ!!」
粘糸を強引に断ち切り床に転がる大鎌を瞬時に拾い上げ大きく振り回した。
 爆裂風が巻き起こり、真空を作り出し事により二匹の蟲は大鎌に吸い込まれるように切り裂かれ、緑色の粘液が夏凛の全身を汚した。
 鎌を持ち立ち尽くす夏凛の周りで死に絶えた蟲は以前の原型を保っていなかった。そこにあるのはもはや細切れにされた肉塊だった。
 ふと、夏凛は我に返り慌てて大鎌を投げ捨てるように手放した。
「あっ……、あ、あなたたちぃ〜、私を怒らせると痛い目見るで御座いますよぉ〜……てへっ」
 先ほどの夏凛はまるで別人のようであったが、今の夏凛のしゃべり方も変だ。ずいぶんと動揺しているように伺える。
 夏凛はポケットからハンカチを取り出し顔をごしごし拭きポイっと投げ捨てると、後退るようにその場を離れた。
 辺りを見回す夏凛。出口はない。先ほど蟲が這い出てきた鉄格子もすでに閉じられている。
 途方に暮れる夏凛であったが、その時突然大きな音と共に金属の壁が一部ベコッと内側にへこんだ。
 何事かと壁を見ていると、大きな爆発音が鳴り響き壁に大きな穴を空けた。そして、煙の中から黒いロングコートを着た一人の男が現われた。
「兄さま〜っ!」
「げほっ、げほっ……」
 煙の中から現われたのは夏凛の兄である時雨であった。
 両手を大きく広げ時雨に駆け寄り抱き付こうとした夏凛であったが、すんなりと交わされた。
「兄さま、私のことが嫌いになったのぉ?」
「――汚い」
 この言葉を言われた夏凛は大きなショックを受けた。確かに夏凛の洋服はねばねばした粘糸と緑色をした粘液で汚されている。
 涙ぐむ夏凛。そして捨て台詞を叫んで走り出してしまった。
「兄さまのばかぁ……ぐすん」
 やっぱりその走り去る姿は失恋をして走って行く女の子のそれによく似ていた。
「はぁ……」
 残された時雨は肩を落とし深いため息を付いた。

 時雨の空けた穴を抜けるとそこは大下水道に通じていた。
「くっさ〜い」
 夏凛は思わず鼻を摘んだ。
 下水道の中は埋め込み式のランプが取り付けてあるが、薄暗く遠くまでは見ることはできない。
 帝都の下水道は危険極まりない場所だ。突然変異で体長一メートル〜二メートルまで大きくなった巨大ネズミなどはまだ可愛いもので、下水に棲む大海蛇リヴァイアサンのその全長は六〇メートルから大きいものでは一〇〇メートルにも達し、時には帝都に局地的な地震を起こすことで有名だ。
 ややあって時雨が追いかけて来た。
「先行かないでよ」
「…… だってぇ」
 まだ夏凛は涙ぐんでいた。
「せっかく助けに来てあげたんだから」