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夕霧

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23 理解者


 社長宅からの帰り道、夕子と新田はしばらく無言で歩いていた。
「近くに静かな公園があるんだ。ちょっと寄って行かないか」
 
 
「それにしても、君って勇気があるよな……さっきの話、奥さんの心に響いたと思うよ、絶対に。理路整然として、その中に君の温かい心もちゃんとこもっていて、本当に感心したよ」
「…………」
「無理にとは言わないけど、何かあったらいつでも相談に乗るよ。少しは役に立てるかもしれないから。
 あ、もちろん、赤堀さんにも誰にも言わないよ。僕はもうすっかり、君の親衛隊だからね」
 その言葉に答えるように、夕子は静かに語り始めた。
「この会社に入ろうと決めたのは、弟を守るためでした。それから私たち親子を苦しめた社長を困らせたいという気持ちもあったと思います。でも、母を苦しめてきた人だとずっと思っていた相手に私たちが救われたのも事実ですし、あの弱々しい老人の姿を見てしまうと……」
「まあ、弱々しいとまでは思えないけどね」
「それにどんな形であれ、縁があって今こうして身近にいるわけですし」
「それは僕たちにも言えることだよね。今度の日曜、デートに誘いたいんだけどどうかな?」
「えっ!」
 
 
 デートは少し足を延ばして、隣の県の海へ行くことになった。人目を避けるということもあったが、閉じ込められたような町から抜け出し、気分転換を図りたいとの思いもあった。
 心地よいドライブの末にたどりついた海は、波も穏やかで陽射しも柔らかかった。
 車を降り、ふたりは浜辺を歩いた。
「これまで、君のことばかりいろいろと聞いておいて、僕のことは何も話してなかったね。
 あ、もしかして僕のことなど興味ないかな?」
 いたずらっぽく夕子の顔を覗き込む新田に、夕子は真顔で答えた。
「そうですねえ。さほどは」
「ええ! ホントに?」
 がっかりしたような素振りの新田に、夕子は微笑んで言った。
「嘘です、差支えなかったら、新田さんのこと教えてください」
「君も意地悪だな、一瞬脈なしかと思ったよ」
 それから、新田は自分があの町で生まれ育ったこと、両親はずっと稲村繊維で働いていて、自分も東京の大学を出てからは故郷にUターンしてきたことなどを話した。そして、兄弟はいないが友人はたくさんいると付け加えた。
 夕子も自分の生い立ちとこれまでの経緯を新田に打ち明けた。ただひとつ、弟の居所を除いて。新田を信じていないわけではなかった。とはいえ、母の遺言のような最期の砦、それを打ち明けられる相手とまではまだ感じられなかったのだろう。
 でも、新田にいろいろと聞いてもらったことで、いかにこれまですべてを自分ひとりで抱え込んできたかがよくわかった。誰にも頼らずに、孝子を見つけ出した。自分でもよく頑張ったと思う。その孝子だけが自分の支えとなってくれたが、遠くから見守ってくれる存在にすぎない。だから、こうして近くで親身になって話を聞いてくれる人に出会え、信じられないほど心が軽くなった。すると、なぜだか急に涙が溢れてきた。
 それに気づいた新田は何も言わず、指を差し出し夕子の涙をぬぐった。
 
「夕子さん、君にとって何が決着といえるのかわからないけど、最後まで僕は付き合うつもりだよ。
 そして、それはそれとして……もし、決まった人がいないのなら僕と付き合ってもらえませんか?」
 それはちょうど、水平線に夕日がかかった時だった。その感動的な情景に合わせるように囁かれた新田の言葉。夕子はそれを胸に刻みつけるように
「はい」
と答えた。そして、沈んでいく夕日をふたりは静かに見送った。

作品名:夕霧 作家名:鏡湖