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夕霧

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12 仮婿入り


 妻の実家、秋月家の離れに涼介が越して来たのはまもなくのことだった。越して来たと言っても、荷物は身の回りの物だけで、家財一式は稲村の家に残してきた。稲村の家を出た以上、それらはもはや涼介のものではなかった。
 秋月家の母屋には秋月夫婦と住み込みの手伝い、それから敷地内には、庭園を挟んで母屋とは対照的な今風の豪邸が一棟。そこには、妻幸子の兄雄一一家が住んでいた。そして、庭園のわきにある離れに、涼介一家が入ることになった。
 涼介が来た日、その離れには業者がせわしなく出入りしていた。キッチンと風呂場の取り付けがまだ終わっていなかったからだ。それから三日ほどで工事が終わると、離れとは言えないほどの立派な住まいになっていた。もちろん、両隣の重厚な日本家屋や近代的な邸宅とは比べものにならないが。
 
 その夜、涼介たちは母屋に呼ばれた。そこには、秋月の両親と兄一家が顔を揃えていた。
「やあ、涼介君。住みながらの工事で落ち着かなかっただろう。ようやく、今夜からゆっくり休めるな」
「いろいろとお気遣いいただきありがとうございました」
「堅苦しいこともなんだが、一応今日から正式に我が家の一員ということで顔合わせをしておこうと思ってな」
「ご近所ということでよろしくな、涼介君」
 この家の長男雄一が言うと、父の哲次が口を挟んだ。
「家ではそうだが、会社では部下だ。しっかり面倒見てやれよ」
「お義兄さん、よろしくお願いします」
 頭を下げる涼介に、哲次が言った。
「まあ、あちらのお父さんとの話が煮詰まっていないので何とも言えないが、もし君が本当に稲村の籍を抜くことになったら、喜んで迎え入れるつもりだ。お父さんがそこまでするとは思わないが、もしかの時はそのつもりでな」
「はい、何から何まで本当にありがとうございます」
「明日からは雄一に付いて挨拶回りだな」
「はい、お兄さん、いや部長、よろしくお願いいたします」
「ここでは、部長はよそう」
 雄一がそう言うと、食卓に料理を並べながら、幸子が口を挟んだ。
「そうよ、あなた。お父さんもお兄さんも仕事の話はもうおしまい。ここは家庭なんですから」
 同じく食卓の世話をしながら兄嫁の光子も言った。
「さあさ、子どもたちもお腹を空かせています。そろそろいただきましょう」
「そうだな、さあ、飯にしよう。母さんの手料理は格別だぞ」
「まあ、あなたったら。お口に合うかどうか、どうぞ召し上がって」
 哲次の言葉に、妻の春子は恥ずかしそうに膳を勧めた。
「はい、いただきます」
 涼介のその言葉を合図のように、雄一の息子たちの好物なのであろう、二人は競うようにから揚げに手を伸ばした。
「あらあら、たくさんあるからそんなに欲張らないの! 奈々を見なさい、ちゃんと一つずつでしょ」
 奈々は褒められたことに気を良くして、得意気に兄たちを見たが、光子にたしなめられても、二人は自分の小皿にどんどんから揚げを運んでいる。
「おじさんに食べられたら困るもんな」
 涼介が笑いながらそう言うと、涼介の膝の上に座っていた太郎も小皿を取って真似をし出した。
「ほら、あなたたちがお行儀が悪いから、小さな太郎ちゃんまで真似をするでしょ?」
 すると今度はバツが悪そうに二人は箸をおいた。それを真似して、太郎も箸をおく。
「颯太、浩太、これからは悪いことはできんな。みんな、太郎が真似をしてしまうからな」
 哲次がそう言って笑った。

 ここには、稲村家には無縁の団らんというものが確かに存在している、と涼介は実感した。

作品名:夕霧 作家名:鏡湖