夕霧
10 対面
ふりそそぐ日光を大きな窓ガラスで反射させている稲村繊維本社ビル。その一室に男女十人ほどの若者が座っていた。みなリクルートスーツ姿で神妙な面持ちでその時を待っている。定刻になり、人事担当の社員がその部屋に現れた。そして、三人ずつ名前を呼ばれ、隣の面接室へと入っていく。
弟との名乗りあわない対面を果たした翌日、夕子は職場である公民館の掲示板に、稲村繊維の従業員募集の張り紙を見つけた。
自分の動向は見張られている。こちらも向こうの状況を知りたい。それには社内に入り込むのが一番ではないだろうか? 当然向こうは飛んで火にいる夏の虫と思い、受け入れる、いや歓迎するだろう。
夕子の番になり、他の受験者とともに三人で面接室に入った。殺風景な小会議室の窓際に三人の面接官が座っている。彼らのテーブルの前の空間に三脚のパイプいすが置かれていた。その前に立った受験者三人に、一人の面接官が着席するよう指示した。夕子は真ん中の席になり、堂々と前を見据え座った。
次に、面接官に促され、順に志望理由を述べた。三人の面接官はそれぞれ、手元の資料と志願者に目をやりながら、時おりメモを取っている。
「ええと、内村さんと柳川さんは、東京からのUターンということで、大手企業からの転職、資格もいろいろお持ちですね」
二人はそれぞれ、声高に経歴等をアピールした。
「そして高瀬さんですが、ずっと地元におられて、公民館にお勤めのようですね。現在は非常勤ということで間違いありませんか?」
「はい、そうです」
「なるほどー最終学歴が定時制高校では、就職先を探すのも大変でしたでしょう、それで今回は、非常勤ではなく安定した職場をご希望ということですね?」
見下すような面接官の物言いに対して、夕子は凛として答えた。
「はい、そうです」
そのやり取りに、両隣の受験者は余裕の笑みを浮かべた。そして、面接官が何か言おうとした時だった。突然ノックとともに部屋のドアが開き、一人の男が入ってきた。
「面接中失礼します、急ぎの要件ですので。
この中に高瀬夕子さんはいらっしゃいますか?」
「はい、私です」
先ほどと変わらない堂々とした態度で夕子は答えた。
「私は、社長秘書の新田と申します。社長がお待ちです、どうぞ社長室の方へ」
呆気にとられる面接官と受験者たちを残し、夕子は面接室を後にした。
長身の新田は清潔感漂う好青年のように夕子には映った。おそらく同じ歳くらいだろう。その新田に導かれ、エレベーターに乗り最上階についた。
エレベーターホールに降り立つと、正面には社長の大きな肖像画が掲げられ、続く廊下には絨毯が敷き詰められている。その長い廊下の突き当たりが社長室だった。そこへ向かいながら、夕子は尋ねた。
「あの、社長はどんな方ですか?」
一瞬驚いた表情を浮かべた新田だったが、やさしく微笑んで答えた。
「お会いになればわかりますよ」
『社長室』とかかれた黄金プレートがかかっているドアの前で二人は立ち止まった。新田がノックし中に入ると、徳次郎は書類から目を上げ、新田に続き入室してきた夕子をまじまじと見つめた。夕子もその鋭い視線に臆することなく、徳次郎を見つめ返した。
「社長、高瀬夕子さんです」
新田はそれだけ言うと、一礼して部屋を出て行った。
「ほう、母親の面影が確かにある。でも、母親はもっと柔らかい感じだったがな」
夕子は黙って会釈した。
「うちの会社に入りたいそうだな?」
「はい」
「理由は? ああ、型通りの志望動機ではないぞ」
「現在は非常勤ですので、こちらなら母の縁で正規に雇ってもらえるのではないかと思いました。それに……」
「それになんだ?」
「私に興味がおありなのではないかと思いまして」
鋭い眼光を向けたまま、徳次郎は言った。
「よし、採用しよう。
ただし、仕事場は秘書室だ」