永遠の保障
「それでね。そのもう一人の自分は、夢を見ている自分に気付くことはなくて、まったく違う世界にいるような感じなんだよ。そしてそこには別の女性がいて、その人と、確率の話をしているんだ」
「まるでパラレルワールドのようだわ」
とゆあがいうと、
「難しい言葉を知っているんだね」
「ええ、私も自分で言うのもなんだけど、いろいろな人生を歩んできたような気がするので、本を読んだりして、自分の人生を考えてみたことがあったのよ。その時、パラレルワールドという言葉を知ったの。でも、パラレルワールドというのは概念的な考えで、信憑性に欠ける気がしていたの。確率的にね。でも、今あなたから確率の話を聞いていて、さらにロシアンルーレットという言葉があなたの口から出てきたことで、私も以前に、ロシアンルーレットの恐怖をイメージしたことがあったように思えたの。その時、パラレルワールドという発想が思い浮かんだような気がしたんだけど、錯覚だったのかしらね」
というゆあの言葉を聞いた彼は、
「そうかも知れない。僕は君がロシアンルーレットを思い浮かべた時、パラレルワールドが一緒に思い浮かんだということはないと思うんだ。それはきっと、僕の言葉から連想するいくつかのパーツが積み重なった時、それをパラレルワールドを発想したからではないのかな? そう思うと、確率に対しての考え方が、パラレルワールドという考えを誘発するのも分かる気がするんだ」
「でも、ロシアンルーレットというのは、本当に恐ろしいものですよね」
「そう思うだろう? でも、それは死というものを意識するから感じることであって、確率が上がっていくということは、それがいい当たりだったら、嬉しいことなんじゃないかな? おみくじにしても、福引にしても、同じことで、最初に当たらなければ、あとはどんどん確率が上がっていくわけだからね」
「本当はいいことから始まったのか、それとも、ロシアンルーレットが起源なのかで、考え方は変わっていきますよね」
「そうだね。僕は、案外最初はロシアンルーレットだったんじゃないかって思うんだ」
「それは恐ろしいですね」
「歴史なんて、結局そんなものだろう?」
と、彼の発想は少し変わっていた。
「実は、僕の頭の中で、もう一人の自分が別の女性と知り合っているのを感じるんだ。彼女とは野球場で知り合うんだけど、それも、僕が野球を諦めきれないという気持ちの表れなのか、考えてみるとその人とは知り合うべくして知り合ったような気がするんだ。根拠はまったくないんだけどね」
彼のいう根拠が信憑性に結びついているのかどうか分からなかったが、ゆあにはその彼女が見えた気がした。
その人は、気が強く、自分一人でも生きていけるというくらいの思いを持った人で、ゆあには憧れに値する人だった。
ゆあは、自分の性格を、
――人に流されやすいタイプ――
だと思っている。
本当は自分が人を誘導できるくらいの性格を持ち合わせていると思っていたが、それは紙一重のところで、逆だったのだ。だからこそ、今まで先生のことも、清田のバンド仲間とのことも、結局は人に流される自分の性格が表に出てきたからではないかと思えるのだった。
――もし、これがロシアンルーレットだったら、当たりをまだ引いていないということになるのよね――
と感じた。
しかし、ロシアンルーレットというのは、当たりを引いてからその後のことは分かっていない。福引にしても、当たりを引けばそこで終わりなのだ。
もう一人の女性が抱いている思いは完全確率方式だった。
彩香は、
「完全確率方式は、一度大当たりを引いてから、また同じ確率に戻ったところからもう一度大当たりをリセットすることになる」
と考えている。
だから、彩香は気を強く持てるのだ。
ゆあは、いずれ自分も完全確率方式になることを願っている。彩香の存在を自分は知っているが、彩香からは自分を知ることはできないと分かっている。そんなゆあに、先が見える観戦確率方式を与えてくれる人がいるとすれば、それは、目の前にいる男、下田なのだろう……。
ゆあの成長は先が見えることを予感させる。完全確率方式こそが、先を見続ける永遠の保障なのかも知れない……。
( 完 )
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