俺はキス魔のキッシンジャーですが、何か?【第三章】第二話
饅頭人たちが一気に白弦たちを襲った。
「しまった。こやつら、妾たちを太らせて動けなくしてから食べるという作戦だったのじゃ。なんたる策士!」
「そんな下らない策にハマるなんて、タダのバカじゃない。」
「そちは饅頭がコワくて、食わなかっただけじゃろうが。」
楡浬の揶揄に反論しているうちにデヴィ化した白弦たち全員が饅頭人の餌食になってしまった。
饅頭人はひとり残された楡浬との距離を詰め始めた。
「キャー、饅頭コワい!」
楡浬に与えられた行動は悲鳴を上げることだけだった。
蝦蟇口を大きく開けた饅頭人が、楡浬の頭を真っ暗にしたその時。
饅頭人全員のからだが小刻みに揺れて周囲の空気を動かしている。
『防御は最小の攻撃だよ。それじゃ、こいつらは倒せないからね。』
空気の振動が音に鳴って、桃羅の声が楡浬に届いた。
『ぐああああああああ。』
饅頭人全員が頭を前後左右に揺すっている。
徐々に饅頭人のからだが溶けていく。
「ふう。甘い匂いは好きだけど、すべてが甘いと気持ち悪いなあ。デレデレの新婚生活がすぐに崩壊することがよくわかるなあ。お兄ちゃんとの甘い未来では、気を付けよう。」
軽く屈伸運動をしてリラックスムードの桃羅。からだは元の適度な肉付きのスタイルを披露している。
「大悟妹!無事じゃったか。そちがいなくなったらメシが食えなくなるでのう。少々心配したぞ。」
白弦たちも元の体型で復活していた。
「あたしより食べ物が大事なのか。食い意地の張ってるつるぺた幼女め。あたしは、ワザと食べられて、饅頭人の中でノイズを出して、超音波破壊してやったよ。」
「どうでもよいが、妾たちのからだがバラバラに食われていたようじゃが、手品でも使ったのか?」
「その通り。これは桃羅マジックで、種明かしはしないよ。これだけでもお金が取れるんだから。」
「それはそちらしい殊勝なことじゃ。それでは、強力な魔力のある方へ向かうとするかの。」白弦は風でリボンをアンテナにして、動き出す。白弦小隊は、しばらく街を彷徨して、ようやく目的地に着いた。
「これって、何かの工場じゃないの?」
楡浬が指差した方向には、『饅頭本舗黒霞雨工場』という看板が見えた。二階建ての郊外型大型書店並みの建築物が鎮座している。
「これは饅頭工場かの。しかし饅頭人は生き物じゃ。作れるものではないぞ。」
「そうね。大昔は人間だったと聞いてるわ。その子孫が饅頭人であり、アタシたちウサミミ族は角のある鬼の末裔だわね。」
「となると、この工場の役割はなんじゃ?」
「それは饅頭人のからだと心のケアよ。」
長い黒髪を風に揺らしている黒霞雨が白弦たちの前に忽然と現われた。
「あんたが、お兄ちゃんを拐かした張本人だね。片目隠して、いかにも犯罪者面してるよ。お兄ちゃんを返してよ。」
「返す?大悟さんは自分の意思で私の嫁になったんだから、とんだ思い違いだわ。」
「嫁って言うな!それを言っていいのは、あたしと愛人二号だけだよ。愛人二号はオオマケだけどね。お兄ちゃんはモモの木偶でセイドレイなはずだよ。」
「違うわ!オレが結婚に同意したのは事実。」
「お兄ちゃん!」「大悟!」
白いタキシードを着た大悟。髪は七三に分けられている。
「わははは。私の勝利ね。みんな立ち去りなさい。」
完勝宣言の黒霞雨。片手を振って、桃羅たちの退出を促すポーズである。
「大悟がそういうならそれでいいわ。所詮は名ばかりの許嫁。ハリボテはハリーポッターのように、いずれ新しいものに敗れて破れるものよ。」
「ハリポタファンに怒られるぞ。」
「あら。意外にあっさりしてるのね。いくら洗っても落ちないカメムシの臭いかと思ってたけど。」
「まさに虫けら扱いね。饅頭人らしい底辺の考えはウサミミ族には理解不能ね。」
「あなたがいいならすべて解決だわ。」
「ちょっと待ってよ。正妻はあたしなんだから、今の発言はあくまで愛人二号のもの。正妻がいる以上、あんたは愛人三号なんだからねっ!」
「あらあら、ずいぶん無粋なことをおっしゃるのね。あなたは、実の妹さんでしょ。正妻なんて立場は、法律が異次元緩和でもしないとあり得ないわ。教師だと聞いてるけど、教師ならそれぐらいは教師手帳に書いてあるでしょう。」
「そんな手帳あるか!でも法律の壁はあたしが永遠に破れないノイズキャンセラー。悔しいけど、白旗の下に臥すしかないのかな。」
「それじゃあ、大悟さん。私たちふたりだけの闇を掘って行きましょう。底はありませんわよ。太陽はいつか寿命が来て光は消えますが、闇には限界がありませんから、これから永遠の時を迎えることになるのです。ではみなさん。ごきげんよう。」
建物に戻ろうとした黒霞雨はちらっと振り返った。
楡浬の顔がわずかに黒霞雨の漆黒の瞳を掠めた。いつもの整った楡浬の顔立ちで、ほのかに笑みまで浮かべている。でも本当に辛い時は却って普段通りになってしまう。それが黒霞雨の記憶と一致する。
かつて黒霞雨は孤独ではなかった。非常に仲のよい姉と蜜月。たったふたりだけの生活だったが、すごく楽しかった。しかし、突如、袂を分けなければならない事態が現れた。凶悪な桃太郎に襲われた時、姉が自分を犠牲にして、雲の上に逃げ出た。風魔法を使って、海を作り上げた。桃太郎軍は空の海を見て、気勢を削がれ、また海の雨で戦闘起爆剤である吉備団子が多数使用不能になり、黒霞雨の地域から撤退した。やむなく桃太郎軍は陸地の地獄を攻略し、降伏させた。姉白弦はそのまま空に残り、黒霞雨は今の饅頭人居住区へ残った。別れた時の白弦の顔を忘れない。今の楡浬が同じ顔をしている。
「これじゃあ、私の入る余地はなさそうね。あんな顔は二度と見たくないし。」
黒霞雨は黙ったままで、ひとりで工場のドアを開いた。白弦が寂しそうにその背中に視線を当てていた。
「お兄ちゃん!良かったよ、助かったんだよ!これで思う存分、モモのパンチラが堪能できるよ。今ここで御披露目したいよ。」
「本当にオレは解放されたのか?」
「そうじゃないの。あの黒い女はもういないわよ。また許嫁に戻るなんてまっぴらなんだけど、大悟がどうしてもって言うから、リトライをさせてやってもいいわよ。」
「いったい何様なんだよ!」
言い争いをしている割にはマシュマロのような甘さ漂うふたりであった。
大悟が高校に復帰した数日後。大悟が家に戻ると、なぜか明かりがついていた。
「お帰りなさいませ。ご主人様。」
「地獄の生徒会長とメイドさん!どうしてここに?いや勝手にひとんちの敷居をまたぐとはよくないぞ。」
「股具って、ずいぶんエロい言い回しですこと。ぽっ。」
「お嬢様がひとり上手をなさっただけです。」
「今日はお礼を言いに参りましたの。」
華莉奈の話はこういうことだった。
居住区に黒霞雨が留まったことで、饅頭人が地獄に出なくなった。結果として、饅頭人は人間界に来なくなり、人間界と地獄が和解した。それは間接的に華莉奈が黒霞雨を人間界から追い出したことでもあった。
「今日は大悟さんをほめにもやってきたのですわ。ついては、ワタクシの初めてを差し上げますわ。」
「はあ?あんた、勝手に人の家に押し掛けてきて、何言ってるんだよ!桃羅ノイズ発動!」
作品名:俺はキス魔のキッシンジャーですが、何か?【第三章】第二話 作家名:木mori