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陳腐な恋の物語

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 私はそんなこと思ってもみなかった。
 自分の思い通りにならないことに、ただ苛立ち、ただ怒りの感情を露わにしていただけだった。私は彼女を理解しているつもりでいただけで、その実、何も分かってなどいなかった。
 そんな私が彼女に愛されたいと願うことなど許されるはずがない。
「似て……ないよ」
 私は三度、言葉を搾り出す。
 この後に用意されている言葉は“さよなら”の四文字だ。
「なぁ? もう一度やり直さないか?」
 私の口調を真似た彼女の声が、私の耳にふわりと静かに香る。
 そして私は気付く。
 彼女は私を真似ていたのだということに。

 私たちはここで出会う度に“恋人”という関係になってきた。あの本棚の前で、あの本を買おうとする度に。
 いいや、それは違う。
 私は彼女に会えるのではないかと望み、願い、何度となくあの本の前に立っては、購入することなく店を出ていた。
 たったいま彼女が私を真似て口にした言葉は、まさに私が言いたい言葉に他ならなかった。私の想いが、それを伝えたい相手の口から流れてきたのだ。

「どうせまたケンカ別れするのがオチよ」
 私は彼女の真似をする。
「そんなことない、今度は大丈夫だ」
 彼女は私の真似を続ける。
「前もそう言って、結局はケンカ別れした」
 私は彼女の真似をする。彼女から向けられる真っ直ぐな視線が、間違いではない証拠となる。

 二人が似ていると最初に言い出したのは私だった。
 そんなことないと言い続けたのは彼女だった。

 その通りだ。私たちは似ていない。
 相手を理解しようと努めた結果、それが苦にならなかっただけのこと。
 もっと相手を知りたいと願い、欲しただけのこと。

 しかし私は、彼女に“自分”を見ていた。
 私は他の誰でもない、“自分自身”を彼女に求めていた。

 私は彼女を見てなどいなかったのだ。

作品名:陳腐な恋の物語 作家名:村崎右近