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陳腐な恋の物語

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「ずっとそんな顔してたもの」
 驚く私に、彼女は以前と変わらぬ、けれど少し大人の微笑みを見せていた。それはかつて私の隣にあり、私だけに向けられていた、私が何よりも愛しく思う彼女そのものだった。
 彼女と私とは、三度も“恋人”という関係なり、同じ数だけ“他人”に戻った。
 趣味も合い、話も合い、夜の相性も良かった。外見に関しては、彼女の方には妥協があったかもしれない。しかし私には、彼女を理想の相手と呼んでも過言ではなかった。
 三度とも些細なことを原因としたケンカ別れだった。私に彼女を受け入れられるだけの器がなかったのだろう。
 ただそれだけのことだ。
 そしてそれこそが、“陳腐な恋の物語”の第二章だ。

 恋人であった頃のように、私たちはたくさんの話をした。
 お互いの仕事のこと、友達のこと、両親のこと。政治、経済、世界情勢etc.

「ね? いま好きなヒトがいるでしょ?」
 私は息を飲む。
 彼女はすべてを見抜いていた。
 それでいて私に未練を断ち切らせようとしている。
 私の中に住む“他人”が自分であることに気付いていながらも、そんなことには考えも及ばないという顔をしている。
 それは、未練を断ち切るには最良の、残酷で優しさに満ちた言葉だった。
「あぁ、いままで会ったこともない、いい女だ」
 私は強がるしかない。虚勢など一瞬で看破されてしまうのだろうが、彼女の優しさに応える他の方法は見つけられなかった。
 私は彼女を愛している。だからこそ、彼女がこの“陳腐な恋の物語”に終幕を望むのであれば、私は今日というこの日このときを最終章にしよう。
「なぁ?」
 私は偶然会ってもこうして話をするのは止めにしようと言うつもりだった。
「私たちは、似過ぎているのよ」
 私の声を掻き消すように、彼女はいままでよりも強い口調で言葉を発した。
「相手のことを分かり過ぎてしまっているから、些細なことで通じ合えなくなったときに大きな不安に襲われてしまう。その不安から逃げ出してしまった。耐え切れなくなった。信じ切れなかった自分を嫌いにもなった」
 彼女は伏し目がちに淡々と語った。

作品名:陳腐な恋の物語 作家名:村崎右近