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陳腐な恋の物語

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 私は彼女に掛けるべき言葉を懸命に探した。『はじめまして』『ひさしぶり』どちらも違う。何を話せばいいのかまるで分からない。
 私は彼女のことを何も知らないと気付いた。なぜなら、彼女はずっと私に合わせてくれていたのだけなのだから。幾夜も身体を重ね合わせてきたはずなのに、私は何一つ知らない。

 私は彼女を失いたくない一心で、自ら彼女を突き放し逃げてきた。彼女が言った通り、いつか失ってしまう恐怖と不安から逃げ出してしまったのだ。
 彼女はこんなにも理解してくれているというのに、私はなんと無知で無恥なのだろう。なんと間抜けな醜態を彼女に晒し続けてきたのだろう。
 彼女はまだこんな私を受け入れてくれるのだろうか。三度目の“今度こそ”を許してくれるのだろうか。

 私はいま初めて心から願う。

 彼女に触れたい。
 彼女を知りたい。

 遠くでエレベーターの到着を報せる音が鳴る。
 開いているだけの扉はその役割を果たせない。閉まっているだけの扉は扉である意味を持たない。
 エレベーターの扉のように、付いたり離れたりを繰り返す関係があってもいいのだろうか。

「ね? どうかした?」
 彼女が香る。そしてそれは、ふわり、と私を包んだ。
 変わらぬ声、変わらぬ香り。

「いい香りだな、と思って」
「ふふ、気になる?」
「あぁ」

「これはね……」



 そして物語の幕が――


           ― 了 ―
作品名:陳腐な恋の物語 作家名:村崎右近