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短編集34(過去作品)

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「覚えていないって、君は君じゃないか」
「やっぱり覚えていないのね。私はハッキリと覚えているわ」
「覚えているって、僕をかい?」
「ええ、そうよ。あなた自身、あなたの中のあなたと言った方がいいかしら?」
 そこまでは覚えているのだ。その時に見せた彼女の顔、今までに見たこともないようなものすごい形相であった。しかし、
「覚えていないの?」
 と聞かれると、懐かしく感じてしまう自分もいて、少し怖かった。
 怖さが襲ってくると、どこかで見たことのある顔に見えてくる。人の顔を覚えるのが苦手な私が、見たことのある顔だと思うのである。やはりどこかで会っているのだろう。夢の中で見たとしても、夢は潜在意識が見せるものだと思っているので、まったく知らない顔であるはずがない。間違いなく意識の中にある顔である。
 そこから先は覚えていなかった。そして言い争いになったような気がしていた。
――いや、言い争いになんかなるはずがないんだ――
 人から責められると言い返せなくなると自覚し始めたのが、その直後だった。きっと彼女に対しても言い返さなかったに違いない。それまでも人と言い争いになったことなどなかった。
――自分さえ我慢していれば――
 と感じることで、自己満足していたに違いない。
 だが、その時は違っていたはずだ。何かで責められた。それが私の悪行だったことに違いはないのだろうが、思い出せない。今まで人から責められても言い返せないと意識していなかったのは、いくら人の言い分が正しいことであっても、それは私の正義とは違うんだという意識があったからである。
 しかし、その時は違っていたのだろう。私への罵倒は言い逃れできないことだったに違いない。顔は紅潮し、まるで火が出そうなほどに熱くなり、痙攣を起こした身体から、血の気が引いた気がしていたことだろう。
「あなたは一番、目に付きやすいところに気がつかない性格なのよ」
 そう言って私を罵倒する。
 今感じている自分の性格は、その時に彼女から言われたことをすべて意識して形成されているものだ。
 少しずつ思い出してきた。
 一次審査をパスしたことで、先が見えないことと、後ろを振り向いてはいけないことで、自分の居場所が分からなくなった今だからこそ、思い出しているのだろう。
「あなたは、実際に見ている夢が穏やかなら、表に出ている顔はすごい形相をしているのよ。逆に怖い夢を見ている時ほど、表の顔は落ち着いているの」
「どういうことだい?」
「夢を見ているあなたは、表にはもう一人のあなたがいるということなの。だから私はあなたが寝ている時に、絶対に寝ようとしなかったでしょう?」
 確かにそうだ。だが、それは私より先に目を覚ましたからだと思っていた。
「君はもう一人の私と何か話したのかい?」
「私じゃないわ。もう一人の私が話したのよ」
 ここまでくれば話が分からなっていた。
「あなたはこれからきっと成功への道を歩んでいく人だと思うわ」
「それは君の直感かい?」
「ええ、そうね。でも、これはもう一人の私の直感。あなたは、もう一人の自分の存在に気づきながら、存在だけしか分からないでしょう? 私はもう一人の自分の気持ちも分かるし、なりきることもできる気がするの」
「僕にはできない?」
「あなたの場合はあまりにも、もう一人の自分との差が違いすぎるの。だから夢を見ている時のあなたがとっても怖いのよ」
 私が怖いといって去っていった女性たち、今から思えばそういうことだったのだ。
 私はきっと黙っていただろう。ずっと沈黙が続いていたような気がする。
 実に重い空気である。張り詰めた空気があたりを支配し、まさかこんな空気になるとは思わなかったことを後悔したかも知れない。
 今、その時の空気を思い出している。女の出現が、思い出したくない過去を、呼び起こす。
 私の両腕が震えている。手の平を見ると、完全に真っ赤になっていて、震えが止まらない。この両腕が、そしてもう一人の私が、何かをしたのだ。かなり昔に感じたことと同じ感覚を思い出し、私の指に力が入る。
 女性の呻き声が糸を引く……。
 トーク番組でのミステリー作家も言っていたではないか。自分の感じたことでないと、なかなか書くことができないと……。
 私はミステリー作家、殺人現場の描写が命のミステリー作家……。
 評論家からよく言われる。
「北原白山氏は、殺人現場の描写が実にリアルな作家だ」
 と……。

                (  完  )



作品名:短編集34(過去作品) 作家名:森本晃次