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のしろ雅子
のしろ雅子
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未生怨(みしょうおん)上巻

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「母ちゃん!」
正夫が走り寄ると、その笑顔はなお優しく微笑んだ。しかしその眼差しはあやふやで漫然とし、常人でない事は直ぐにわかった。
「正夫だよ!母ちゃん正夫だよ!…ずっと来れなくてごめんね。見て!母ちゃん…こんなに大きくなったよ。母ちゃんの正夫がこんなに大きくなったよ、六歳の正夫が十二歳に為ったよ。学校もちゃんと行ってるよ。来年はね、中学生になるよ」
母の手を取り、爪先立つように母の顔に顔を寄せ、正夫は母を見つめた…。
 別れたあの時よりふっくらとし、暗く絶望の淵を漂い続けたあの眼差しとは違っていた。童女の様に笑う、仏様だ…母ちゃんは仏様のようになっている。
「まーちゃんの事…解らないの?…」 
祈之は不思議なものを見る様に正夫の腕にしがみ付いた。
「今はね、頭がね、お休みしているんだよ…」
正夫は祈之を引き寄せ
「母ちゃん、祈之君だよ。僕の大事な人なんだ」
「祈…って、祈って言って」
「僕の大好きな祈だよ」
祈之は満足げに、そして一寸恥ずかしげに正夫を見つめ、母を見つめた。
 正夫は左手で祈之を抱き寄せたまま、右手で母の髪を掻き上げ、布団から食み出した手を擦るように重ね暫くの間ジーッと見つめていた。面会時間が終わって引き上げてくる時正夫は少し無口に為った。母親の意識がまだ確かな頃、足元に纏わり付く正夫を抱き上げては頬ずりをし抱き締めてくれた母を切なく思い出していた。その頃の母は健康的で若く美しく輝くような笑顔で笑っていた。

 正夫と祈之は伯母の家に世話になることになっていた。
 その家に向かう時幼い記憶がまざまざと蘇り、伯父に蹴り上げられた砂利道も、夜雪の中、家から放り出され、飢えと寒さに震えていた納屋も何一つ変わる事無く、そのままその家はあつた。
 祈之の母から過分な世話代が既に振り込まれてあり、そのせいか久し振りに会う伯父も伯母も妙に愛想がよく、正夫も丁寧に頭を下げた。が、その目つきの賤しさは隠しおうも無く、値踏みするようにじろっと祈之を眺め下ろすと
「坊ちゃん暑かったでしょ、さあ…どうぞ、どうぞ」
と猫撫で声で招き入れた。自分たちは忙しくて世話は焼けないと初めから釘をさされ、
「坊ちゃんの面倒はおめぇが見ろ」
と奥の小部屋を与えられ、伯父伯母とは余り接触する事も無かった。夕飯だけは呼んでくれたが、大きく野球中継が掛かり、二人とも酒を飲み、訳の解らない事で直ぐ喧嘩になったので、正夫と祈之は食事が終わると汚れた食器を持って台所に行き、洗い終わると直ぐ奥の小部屋に戻った。汚く貧しい部屋であったが、祈之は正夫とじゃれ合い上機嫌で布団をマットのように敷いて戯けあった。
 近くに盆踊りがあると、出かけて行って射的をやったり、花火を見たり、小さな仕立てられた舞台の見たことも無い芸人のマジックを見たりして、祈之は目をキラキラと輝かせた。

 その日も、飽きる事無く戯れ付いてくる祈之を押さえ付けてくすぐると仰け反って声を押し殺して笑った。手を引くと又戯れついてくる。正夫は祈之のしたい様に任せていると、正夫を組み敷いて上に乗っかって首に巻き付いて来る。年の割りに正夫は大柄で大人びた表情を見せるようになっていたが、祈之は年の割に小柄で幼年期のような幼さを残していた。祈之が好きなように正夫を攻め立て、後先考えず無謀に戯れ付いていられるのも祈之を怪我をさせないように守る正夫の強い力があったからで、祈之の戦闘意欲を剥き出しにして燥いでは正夫に戯れ付いた。顔を押し付け鼻と鼻をこすり付けたり、噛み付いたりして戯ざけて、涎でぐちゅぐちゅになった口で唇に噛み付いてきた。
正夫は顔を右に左に背けてると、剥きになって唇に口を押しつけてくる
「キスした、キスした…まーちゃんとキスした!」
祈之は興奮して燥いだ
「もう…祈は…汚いなあ、唾でべちょべちょだ…それに口にキスなんかしないの」
「どうして?…」
「口と口のキスはね、男の人と女の人が好きになった時にするものなの」
「何で?…何で男と女じゃなくちゃいけないの?…」
「世の中はそうやって決まってるの」
「いいの…祈とまーちゃんは好きだから良いんだよ、だってね祈…大きくなったらまーちゃんのお嫁さんになるんだよ…」
「祈は男だからお婿さんになるんだよ。そしてね、お嫁さんを貰うの」
「嫌だ!まーちゃんと結婚する。どうして…男はお嫁さんになれないの?」
「昔から決まっているの。結婚は男と女がするものなの」
「結婚て好き同志がするんでしょ?祈とまーちゃんは好き同志だから結婚しても良いんだよ…」
「そお言う…好き同志とは違うんだよ…」
祈之は二人が結婚できないと拒否されると、大きな涙をぽろぽろ流した。
「祈が誰かと結婚してもずっと側にいて祈を守っていく。ずっと側にいるから大丈夫だよ」「嫌だ!まーちゃんとしか結婚しない…キスしてもいいの…祈とまーちゃんは好き同志だから…」
祈之は譲らず、声をあげて泣き出し、眠くなると祈之は妙に感情を昂ぶらせる。ああでもないこうでもないと、ひと愚図りすると正夫にしがみ付いて眠りへと入って行った

 朝起きると二人は一時間程の道程を歩いて病院に出掛けて行くのが日課になっていた。昨日の結婚問題が尾を引いて
「絶対まーちゃんのお嫁さんになる」と起きた途端に宣言をし
「解ったよ」
と正夫の言葉を取り付けると機嫌よく、正夫に手を引かれて家を出た。
 山の中を抜けて歩いて行くと川にぶつかり、土手っ淵を暫く行くと不揃いの境界線で区切られた畑が山の頂上まで続いていた。鳥脅しの風車が乱立し、からからと音を立てて回っていた。爪先でつんのめる様な急な傾斜、小さな隆起を繰り返す坂を下りると「奉納南無阿弥陀仏」と翻る幾本もの旗が見えてくる。ここまで来ると一気に下り、病院の張り巡らされた金網に辿り付いた。
 これは山と病院の境線で、少しの隙間を見つけて二人は病院の敷地に這いずって潜り込んだ。雑木林を走り抜け表門から外に出ると、数軒の店が軒を並べていた。
 二人は毎日同じ店で牛乳とパンを買い、面会時間まで建物の外を探検して時間を過ごした。


  ღ❤ღ