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第七章 星影の境界線で

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 廊下に比べ、やや照明が落とされた階段室を見上げ、ルイフォンが言った。三階の一番奥の部屋に、メイシアとハオリュウの父親が囚えられている。
 二階に上がると、リュイセンがルイフォンに止まるように合図した。上を指差し、次に指を五本出す。
 ――三階の階段室を出た、すぐ先の廊下に、敵が五人いる。
 潜入は既に知られており、目的も明らかである。ならば、階段よりは広い廊下で待つ、ということだろう。
 ルイフォンは分かった、との意味で頷く。
 ふたりは足音を殺して階段を登った。あと半階分で上がりきるというところまで来ると、ルイフォンも、おぼろげながら敵の気配を感じる。
 おかしい、と彼は思った。
 圧倒的な存在がない。この別荘には、タオロンと〈蝿(ムスカ)〉がいるはずなのだ。あのふたりの気配が感じられない。
 リュイセンも同じ疑問を抱いたようで、戸惑いの表情を見せた。目線がルイフォンの決断を求める。
 ルイフォンは癖のある前髪を、くしゃりと掻き上げた。猫のような目を細めて階上を見上げ、不審な状況を睨みつける。
 だが、逡巡は一瞬だった。前に進む以外に取る行動はない。
 力強く頷き、リュイセンに意思を伝える。ルイフォンが、にやりと不敵な笑みを浮かべると、彼の兄貴分も同じ笑みで応えた。
 ルイフォンは身を低くすると、するりとリュイセンの脇を抜けた。軽やかに階段を駆け上がり、そのまま一気に三階に登りきる。
 しなやかな体は、立ち止まることなく、階段室から廊下に躍り出た。
 壁に寄り掛かり、気を抜いた様子の五人の敵の姿が目に入った。
 前触れもなく現れたルイフォンに、彼らは目を丸くしていた。だが、話に聞いていた鷹刀リュイセンではない。細身のルイフォンに対し、屈強な男たちだ。すぐに侮(あなど)りの表情を浮かべる。
 ルイフォンは無言のままに、真上に腕を振り上げた。
「は……?」
 男たちの口から、疑問が漏れた。
 それに構わず、ルイフォンは肘を前に突き出し、そこから一気に前腕を打ち下ろす。
 袖を抜ける、金属の感触。
 それが指先に伝わり、飛び出す瞬間に、手首で微妙な角度を与えながら解き放つ――!
 小さな煌めきが、彗星の尾の如き残像を残しながら、一直線に流れていった。
 やや潰れたような菱形の、ごく小さな刃。暗器と呼ばれる類の投擲武器。
 ルイフォンは、腕力の限界から長刀(ちょうとう)を扱いきれない。それを無理に鍛えるよりも、身の軽さを生かすことを、イーレオの護衛であり、一族の武術師範であるチャオラウは教え込んだ。
 一般的な投げナイフよりも更に小型の刃は、命中したところで、たいした殺傷能力はない。だが、その尖端にはミンウェイ特製の毒が塗ってあった。
 刀の間合いの遥か外から飛来した凶刃が、男のひとりの眉間を貫く。
 痛みよりも驚きの悲鳴を上げながら、男は倒れ込んだ。木の床に、したたか後頭部を打ち付け、二、三度、痙攣したのちに白目をむいて意識を失う。
「なっ!?」
 男たちは殺気立ち、すぐさま抜刀する。と、同時に、ルイフォンも第二撃を打っていた。
 ――――!
 甲高い金属音とともに、ルイフォンの刃は叩き落される。だが、そのときには、彼はひらりと身を翻し、階段室に舞い戻っていた。
 残された四人の男は、あとを追う。
 彼らが階段室にたどり着いたとき、階段の手すりを飛び越え、一気に二階に降りるルイフォンの背中が見えた。着地の衝撃音が振動を伴って聞こえ、更に階下へと降りる足音が響く。
「追え!」
 男のひとりが叫んだ。
 男たちが次々に階段を駆け下りる。彼らは、ルイフォンのように手すりを越えることはしない。あれは身が軽く、帯刀していないルイフォンだからこそ可能な技である。無理に真似して怪我でもしたら、馬鹿馬鹿しいこと、この上ない。
 半階下まで降りた踊り場で、先頭の男が止まった。
「おいっ!?」
 続いて降りてきていた男がぶつかり、ふたりがもつれるように階段から転げ落ちる。
 慌てふためく怒声が、唐突に悲鳴に変わった。
「ひっ! た、鷹刀リュイセン……!」
 癖のない黒髪を肩まで伸ばした、神の御業を疑う黄金比の美貌。噂に違わぬ美の化身が、素早く抜刀する。
 耳を貫くような鋭い金属の響き――双刀が鞘走る音は、すぐさま男たちの絶叫に取って代わられた。
 階上に残っていた男たちには、仲間が流星に打たれたかのように見えた。そして、次の瞬間には、階段を一足飛びに跳んできた星の輝きに、彼らもまた身を滅ぼされる。
 まさに、一瞬。
 流星が煌めいてから落ちるまでと、ほぼ同等の時間の出来ごとだった。
 背後に控えていたルイフォンが、リュイセンに向かって親指を立てる。振り返ったリュイセンも、それを返した。
 息の合った連携――天下無双のリュイセンなら、一対五くらいならば、たいした苦にもならない。けれど、できるだけ短時間、かつ確実に行動するために、ルイフォンが狭い階段室に敵を誘い込んだのだ。
 ふたりは倒した敵を縛り上げ、脱出時に邪魔にならないよう、踊り場の端にどかした。
 そして、相変わらずの人気のなさに疑念を抱きながら三階に上がり、ふたりは廊下の最奥にたどり着いた。――メイシアとハオリュウの父親の部屋の前に。
 扉の向こうにある気配は、ひとつだけ。不可解な状況だが、進むしかない。
 ルイフォンは緊張に震えながら、マスターキーを取り出した。
 軽い解錠音。
 彼がドアノブを回すと、ぎぃ……と、音を立てながら扉が開いた。


作品名:第七章 星影の境界線で 作家名:NaN