第七章 星影の境界線で
シュアンは疑問を口走りそうになり、慌てて口をつぐんだ。
イーレオは、先輩に会ってこいと、シュアンに言った。だが、そこには、プライベートという言葉で、他人を退けたミンウェイがいるという。
本当に行っていいのか。――気にはなるが、下手に尋ねて前言撤回されてもつまらない。
だからシュアンは、代わりに別のことを口にした。
「……そもそもなんで、父と娘が敵対することになったんだ?」
「あの子とヘイシャオ――〈蝿(ムスカ)〉の本名だ――は、敵対しているわけではない」
「は?」
「俺が総帥になったときに、ヘイシャオは妻と共に身を隠した。だから俺は、ミンウェイが生まれたことを知らなかった。奴の妻、俺の娘はミンウェイが生まれてすぐに死んだらしいがな」
イーレオの顔がわずかに寂寥を帯びる。それは過去を悔いているように見えたが、正確なところはシュアンには分からない。
「奴がずっと、男手ひとつで、あの子を育てた。……そのことを知ったのは、奴が暗殺者として、あの子を連れて現れたときだ」
予想外に深刻になってきた話に、シュアンはごくりと唾を呑む。
「奴はエルファンに殺され、残されたあの子を俺が引き取った」
「ほぅ……。え? なんだって!?」
「なのに、今ごろになって、どうして、再び奴が湧いて出たのか……」
「なっ……!? 『湧いて出る』って、そいつは殺されたって……!」
「〈悪魔〉の亡霊の相手なんて、祓魔師(エクソシスト)でも呼んでこないと太刀打ちできんな」
最後のひとことは、イーレオとしては気の利いた冗談のつもりだったのだが、シュアンは聞いてなどいなかった。
「いや、イーレオさん! それは今、出てきた奴か、前に殺された奴の、どっちかが偽者ということだろう!?」
シュアンの唾が飛ぶ。だが、イーレオは、彼の叫びを何処吹く風と聞き流す。
「〈七つの大罪〉というのは、そういうところなのさ」
そう言って、〈七つの大罪〉の最高傑作といわれる美貌に、婉然とした笑みを載せた。
「――行ってこい、緋扇……」
執務室に魅惑の声が響く。
ほんの一瞬だけ間があり、イーレオの瞳に鋭い光が宿った。
「頼んだぞ、――シュアン」
「イーレオ様、あの警察隊員を、たいそう気に入られましたね」
ずっと背後に控えていたイーレオの護衛、チャオラウが無精髭を揺らして苦笑した。
「欲しいね、あの男」
シュアンが退出したあとの扉を、名残惜しげに見やりながら、イーレオが呟く。
「――けど、あれは狂犬だから飼い犬にはならないし、飼い犬になったら俺の興味がなくなるかもしれないな」
イーレオは、人が悪そうな笑みを浮かべる。
言いたい放題の主人に、チャオラウは、やれやれといった体(てい)で肩をすくめた。
作品名:第七章 星影の境界線で 作家名:NaN