隠子の婚約+美人の退職+愛娘の受験+仕事の責任=幸せの1/2
「ビールは?」
「妊娠中ですので」
愛音は、恥ずかしそうに言った。知子がカウンター内のおっちゃんに注文した後、また沈黙が戻った。
「赤ちゃんのことも、考えないとな」
「うん。・・・産むのは産むつもり。でも、拓君には言いたくないの」
「そういうわけにもいかないんじゃないの?」
「俺もそう思う」
また少しの沈黙。今日の話のテーマは、『拓君に出て行って欲しいけど、どうすればいいか』ということだと考えていた博之は、もうひとつの難題にアイデアが出なかった。
愛音は鉄板に手をかざして、冷えた手を温めながら、
「正月は、拓君の実家には行かないつもりだし、親戚回りも拒否するわ。それは拓君から伝えてもらうから。そうしたら、向こうの親が口出しして来るだろうけど、逆に話が進め易くなると思うの」
「そうね。でも親が出て来たら、面倒じゃない? しっかり話はしないといけないけど」
「そうなったら俺も立ち会ってやるから」
「私顔叩かれたから、堂々と何でも言える。ただ、拓君が未だにパパと浮気してると思ってるのよ。それを言われたらもう面倒で」
「キッド」
恵美莉が、座敷の前に来ていた。
「あ?」
「帰るわ」
「あ、そう、もっとゆっくり話したかったけど、また今度会おうか」
「そうね。・・・今ちょっと聞こえたんだけど、パパとか浮気とか」
「あっあ、違うよ。俺じゃないよ」
「こちらの方は?」
恵美莉は愛音をチラッと見て聞いた。一瞬、博之は考えた。恵美莉は信用出来る友達だ。しかし、隠子であることを、打ち明けるわけにはいかない。
「うーん。恵美莉にもちょっとは関係あるから、紹介しとくよ」
「え? 私に関係あるの?」
「いや、関係あるわけでもないけど」
「どっちなのよ」
「実は、ひとみ先生の娘さん」
「・・・・・・?」
「川島愛音さん」
「えーーーー? あの先生の!? どういうこと?」
「俺のピアノの先生してくれてたんだ」
「え? 親子二代で?」