隠子の婚約+美人の退職+愛娘の受験+仕事の責任=幸せの1/2
第20章 土壇場の逆転
小原が退職する1日前、少し明るい表情で出勤して来た。事務所に入って来るなり、その目は博之のデスクに向けられていた。そしてタイムカードを押すと、博之の元にやって来て、その耳元で、
「後でお話が」
と言って、自分の席に向かった。その表情を見て、博之の期待は再び膨らむのだった。
(これって、退職の延期を家族が承諾してくれたってことなのか? また運が向いて来たか?)と思ったが、まず最初に聞いたのは、旦那に強く言われて、喧嘩になったという報告だった。少しがっかりしたが、(いやいや。これでいつも通りなんだ。小原に過剰に期待し過ぎてるだけで、彼女にしたら一所懸命になってくれて、逆に申しわけないな)
「私の気持ちなんか、全然考えてくれてないと思ったんですよ」
「でも、明日退職なのに、今更のお願いで納得いかないのは仕方ないよ。もう俺も無理だろうなって思ってたし、明日が終われば、年末年始の連休が来るから、もう小原がいなくなった場合の準備も、しっかりしておこうって思ってたよ」
「まだチャンスはありそうですよ」
「え? どういうこと?」
「さっき旦那からLINEが来たんです。ほら」
そこに長い文章を、何度も受信していた。
「きっと私が怒ってすねたんで、心配になって、こんなの送って来たんです」
「どう書かれてるの?」
「昨日は言い過ぎたけど、私の気持ちも考えたら、延長することをもう一度考え直してもいいって」
「え? そうなの? 大逆転じゃない。やっぱり旦那さん、喧嘩なんかしたくないんだよ」
「ええ、私、可愛いですから」
博之は急に胸がドキドキして来た。普段、こんな胸の鼓動を感じることはほとんどないが、明らかに期待で胸が高鳴っていた。それは、仕事が首の皮一枚でつながったということより、小原がまだいてくれると、思ったことによるのは明白だった。
「私、もう一度説得してきます」
小原の目は自信に満ちていた。