隠子の婚約+美人の退職+愛娘の受験+仕事の責任=幸せの1/2
次の日博之は、昨夜のことを、きっと小原から冗談っぽく報告があるだろうと予想して、『仲直り出来てよかったね』とか、『久しぶりに盛り上がった?』などと茶化してやろうかと、考えながら出勤して来た。しかしその日は、朝からそんなことを話している場合じゃなくなってしまった。丸川が有給消化するという話を小原が聞き付けて、興奮しながら博之のところにやって来たからだった。
「私、もう少し残ります!」
小原が顔を真っ赤にして申し出た。
「今更、私が延長するって言ったら迷惑ですか?」
「そんな。そんなことないけど、そんなことだけは、させたくないんだ」
「あの係長の尻拭いする気はないです。そっちが落ち着くまで、こっちの仕事を任せてください。そうすれば木田さんが動けるでしょう? 私は木田さんの力になりたいだけですから」
「お前って子は・・・」
博之は少し嬉しかった。もとい、かなり嬉しかったはず。いいや、涙が出そうなほど嬉しかった。仕事上、部下に指示するばかりで、繁忙期ほど部下から不満が出て、避けられて来たのに、逆に自分の力になりたいなどと言ってくれる、可愛い小原からの退職間際の申し出に、博之の男の意地(頑ななプライド)も完全に打ち負かされてしまった。
「しかし、旦那さんと相談するって言っても、今からじゃ納得してもらえないんじゃないかな」
「はい、頑張って説得してみます。私もちょっとこの仕事に未練があって、やりきってから去りたいなと思ってたので」
その晩、小原は旦那に相談した。2時間程話し合ったが、小原が会社に残ることを許してはくれなかった。
翌日、申しわけなさそうに、木田に報告したが、
「今晩もう一度、頼んでみます」
「そんな無理しなくてもいいよ。君が残ってくれるって言ってくれただけで、俺、頑張ろうって思えたから」
「実家の父にも相談します。どうなるか分かりませんけど、1月は農業もそれほど忙しいわけじゃないですから」